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悪役令嬢は魔導具職人として静かに愛されたい  作者: 九葉(くずは)


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第6話 全条件受諾

 温室からの帰り道、私は渡された羊皮紙の重みを指先に感じていた。

 

 専属。

 

 その言葉が意味するものは重い。

 王族の個人的な庇護に入るということは、実質的にその主の所有物になるのと同義だ。

 

 ……大人しく従うつもりはない。

 

 私は足を止め、隣を歩くカイ殿下に向き直った。

 

「殿下。専属の件、お引き受けいたします。王命であれば拒む術はございませんから」

 

 殿下が足を止める。

 表情は相変わらず鉄面皮だ。

 

「だが、条件があります。これだけは譲れません」

 

「言え。可能な限り通す」

 

 殿下は腕を組み、私の言葉を待った。

 その隙のない立ち姿は、まるで交渉相手を値踏みする武官のようだ。

 

 私は指を一本立てた。

 

「第一に、私の作業場所は第三工房に固定してください。あそこは人通りが少なく、集中できます。他部署の人間が立ち入るのも制限していただきます」

 

 まずは物理的な隔離だ。

 第一王子の取り巻きや、嫉妬に狂った令嬢たちが来られない聖域を作る。

 

「認めよう。あそこは今日から私の直轄地とする。許可なき者の侵入は、憲兵隊が阻止させる」

 

 憲兵隊。

 大袈裟な気もするが、それくらい厳重な方が「悪役令嬢」としての私の身の安全は守られる。

 

 私は二本目の指を立てた。

 

「第二に、社交界への出席を一切免除していただきます。夜会、お茶会、それらすべての公務から私を外してください。私の時間はすべて魔導具制作に充てます」

 

 これが本命だ。

 断罪イベントの舞台は、いつだって社交の場。

 そこに行かなければ、物語は進まない。

 

 殿下の眉が、わずかに動いた。

 

「公爵令嬢としての義務を捨てるということか?」

 

「私は職人です。着飾って愛想を振りまく時間があるなら、ネジの一本でも締めたいのです」

 

 嘘ではない。

 エンジニアにとって、不毛な会議ほど苦痛なものはない。

 

 殿下はしばし黙考した。

 彼の沈黙が、私の背中を冷たく撫でる。

 やはり、王家の婚約者候補を社交から外すのは無理があるか。

 

 しかし、殿下の口から出た言葉は予想外のものだった。

 

「……いいだろう。お前を社交の場に出すのは、私としても避けたかった」

 

「え……?」

 

「お前が他の連中の目に触れるのは、情報の流出に繋がる。管理が難しくなるからな」

 

 管理。

 

 納得だ。

 彼は私の技術が他国や他派閥に盗まれるのを恐れているのだ。

 どこまでも合理的な判断。

 それでいい。むしろ好都合だ。

 

「最後です。研究開発に必要な予算と資材、これに関しては私の裁量で決定させてください。事後報告は徹底いたします」

 

 これが通れば、私は実質的に王城内に自分の帝国を築ける。

 

 殿下は一歩、私に歩み寄った。

 その影が私を覆う。

 

「予算は無制限だ。王室の予備費を使え。資材も、国軍が調達できるものなら地の果てからでも用意させる」

 

 無制限。

 その言葉の響きに、私の職人魂が震えた。

 

 

【ナレーション】

(カイ・アルトリウスが提示した「無制限の予算」と「完全なる隔離」は、リュシアにとっては理想的な職場環境であった。しかし、王室の慣例において、未婚の男女が隔離された空間で、片方の全面的な資金提供を受けて過ごすことは、実質的な「囲い込み」を意味していた)

 

 

「話はまとまったな。……リュシア」

 

 殿下の大きな手が、私の肩に置かれた。

 

 分厚い掌の熱が、布越しに伝わってくる。

 

「……はい。契約、成立です」

 

「今日から、お前は私のものだ。……いや、私の専属だ」

 

 今、言い直したか。

 

 殿下の視線は、私の目から逸らされない。

 その瞳の奥にある熱を、私は「有能な道具を手に入れた達成感」だと判断した。

 

 無理もない。

 昨日私が修理した魔導剣。

 あの性能を考えれば、私を独占したいと思うのは、野心ある軍人なら当然の心理だ。

 

「明日から、工房に寝泊まりするための家具も運ばせる。……不満はないな?」

 

「家具、ですか? 家には帰りますが……」

 

「深夜まで作業するのだろう。休憩場所が必要だ」

 

 至れり尽くせりだ。

 ブラック企業どころか、超ホワイトな職場環境。

 

 私は安堵し、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、殿下。ご期待以上の成果をお見せします」

 

「……期待している」

 

 殿下の声が、どこか弾んでいるように聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 私は工房に戻るべく、殿下の後に続いた。

 

 

【ナレーション】

(リュシアの提示した「条件」は、図らずもカイの望む「独占」を後押しする結果となった。彼女は自分の力で安全を勝ち取ったつもりでいたが、実際には自らカイの用意した黄金の檻に入ろうとしていたのである)

 

 

 工房の前に着くと、そこにはすでに数名の騎士が配置されていた。

 彼らは殿下を見るなり、一糸乱れぬ敬礼を送る。

 

「これからは彼らがこの工房を守る。私以外、誰も入れるなと命じてある」

 

「徹底していますね」

 

「当然だ。……さて、リュシア。早速だが、取り掛かってもらいたい案件がある」

 

 工房の扉を開きながら、殿下が言った。

 その背中からは、隠しきれない独占欲……ではなく、任務遂行への強い意志が感じられた。

 

 私は意気揚々と工房へ足を踏み入れた。

 

 しかし、その時の私はまだ知らない。

 第一王子派が、私のこの「特別待遇」を嗅ぎつけ、不穏な動きを始めていることを。

 そして、カイ殿下がそれらすべてを「物理的に叩き潰す」準備を整えていることを。

 

 引き返せない契約。

 私の静かな生活は、この日を境に激変することになる。

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