表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は魔導具職人として静かに愛されたい  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第5話 名前と専属指名

 王城の北側に位置する大温室は、朝の光を浴びて真珠色に輝いていた。

 

 私は手に持った探知用の魔導具を調整しながら、一歩前を行く背中を追う。

 

「……殿下、歩幅を少し緩めていただけますか。測定値が乱れます」

 

 カイ殿下は足を止め、振り返った。

 その視線が、私の足元から顔へとゆっくり移動する。

 

「……すまない。お前の体力を失念していた」

 

 殿下はそう言って、私が追いつくのを待った。

 

 今日の殿下は、昨日までの軍服ではなく、少し軽装な装いだ。

 それでも漂う威圧感は変わらない。

 

 私は手元の水晶版に視線を落とした。

 周囲に生い茂る魔導植物から放たれる微弱な魔力が、波形となって表示されている。

 

「テストは順調です。この感度なら、不純物の混じった魔石も即座に見分けられるでしょう」

 

「そうか。……リュシア、こっちへ来い」

 

 不意に呼ばれた呼び名に、私の思考が止まった。

 

 今、なんと。

 

「殿下、今、何とおっしゃいましたか」

 

「リュシアと言った。……不服か?」

 

 殿下は無表情のまま、私の顔を覗き込んできた。

 

「いえ、不服というわけでは。……ただ、私はあくまで公爵家の娘であり、一介の職人です。殿下に呼び捨てにされるような間柄では……」

 

「仕事中は無駄な敬称を省くと決めた。お前も、私のことは好きに呼べ」

 

 好きに呼べ、と言われても困る。

 王族を名前で呼ぶなど、断罪イベントを加速させるようなものだ。

 

 私はあえて深く一礼し、距離を取った。

 

「礼儀を失するわけにはまいりません。殿下、次の測定地点へ向かいましょう」

 

 

【ナレーション】

(リュシアにとって、名前を呼ばれることは「個」として認識されることを意味した。それは彼女が望む「目立たない裏方」という方針に真っ向から対立する。一方、カイにとって名前を呼ぶことは、彼女を自分の守備範囲内にある「守るべき対象」として確定させるための宣言であった)

 

 

 温室の奥へと進むと、ひときわ強い光を放つ花があった。

 

 月光草。

 夜間にしか咲かないはずの花が、魔導具の力で擬似的な夜を作り出され、静かに揺れている。

 

「……綺麗ですね」

 

 思わず独り言が漏れた。

 前世では、こんな幻想的な光景を見る余裕なんてなかった。

 

「これの管理をしているのは、古い魔導具だ。調整が難しく、枯れる花も多い」

 

 カイ殿下が月光草の根元にある魔導回路を指差した。

 確かに、回路が焼き付いている。

 

「私が見ましょうか」

 

「いや、今日はいい。お前は昨晩も遅くまで作業していただろう。顔色が悪い」

 

 殿下の手が、私の頬をかすめるように伸びた。

 

 驚いて身を固くする。

 だが、その指先は私の髪に付いていた小さな葉を払っただけだった。

 

「……休むのも仕事のうちだ、リュシア。お前に倒れられては、私の計画が狂う」

 

 計画。

 

 やっぱり、そうなのだ。

 

 この人は、私の技術を最大限に利用するための「資産」として私を見ている。

 だからこそ、道具のメンテナンスと同じように、私の体調を気にしているのだ。

 

 そう結論づけると、胸のざわつきが少しだけ収まった。

 

「……ご心配なく。私は頑丈ですから。それより、この月光草の回路、今の私ならもっと効率的な……」

 

「仕事の話は終わりだと言った」

 

 殿下の声に、逆らえないほどの重みが増した。

 

 彼は懐から、一通の羊皮紙を取り出した。

 そこには、王家の印章である青い蝋が押されている。

 

「これは?」

 

「昨晩、陛下に提出し、承認を得た。……本日より、リュシア・エヴァンスを第二王子個人付きの専属魔導具職人に任命する」

 

 頭が真っ白になった。

 

 専属。

 

 それは、私が他の誰の依頼も受けず、カイ殿下のためだけに技術を振るうという契約だ。

 

「……待ってください。私はまだ工房に配属されたばかりの新人です。それに、第一王子殿下との婚約の話もまだ……」

 

「兄上のことは気にするな。あの方は、お前が魔導具を打てることさえ、まともに理解していない」

 

 カイ殿下が一歩、私との距離を詰める。

 

「お前を公爵家の令嬢としてではなく、職人として、そして一人の人間として、私が独占する」

 

 独占。

 

 その言葉の響きに、私はめまいを覚えた。

 

 

【ナレーション】

(この専属指名は、リュシアが恐れていた「第一王子との関わり」を断つ強力な盾となる。しかし同時に、彼女は王国で最も注目される第二王子の「唯一のお気に入り」という、最も目立つ立ち位置へ引きずり出されることになった)

 

 

「……拒否権は、ないのですか?」

 

「ない。これは王命だ」

 

 カイ殿下はそう言って、私に羊皮紙を押し付けた。

 

 震える手でそれを受け取る。

 

 目立たず、静かに生きる。

 そのはずだった私の計画が、音を立てて崩れていく。

 

 目の前の男は、獲物を仕留めた猟師のような目で私を見つめている。

 

 私は気づいていなかった。

 彼が私のことを「有能な駒」だと言いながら、その指が私の手に触れた時、わずかに震えていたことに。

 

「……よろしく頼むぞ、私のリュシア」

 

 その囁きに、私は返事もできず、ただ羊皮紙を強く握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ