第4話 監視の視線と魔導剣
工房に配属されて三日が過ぎた。
生活のリズムは驚くほど一定だ。
朝、公爵家の馬車で登城し、夕方までこの第三工房で過ごす。
ただ、一つだけ想定外のことがあった。
「……殿下。まだお帰りにならないのですか」
私は作業台の天板を拭きながら、部屋の隅に座る男に声をかけた。
カイ・アルトリウス殿下。
彼は今日も今日とて、私から数メートルの距離にある長椅子に陣取っている。
「私のことは気にするな。ここでやるべき仕事があるだけだ」
彼は膝の上に広げた書類から目を離さずに答えた。
気にするな、と言われても無理がある。
彼の腰に下げられた長剣の鞘が、時折カチャリと鳴る。
そのたびに、私は背筋が伸びる思いだ。
彼の視線は、時折書類から外れ、私の手元に注がれる。
鋭く、一切の隙を許さない目だ。
……これが、王族による監視というものなのだろう。
私は「悪役令嬢」だ。
今は大人しくしていても、いつ豹変して国を害するか分からない。
カイ殿下は、その危険性を一番近くで確認しているに違いない。
失敗は許されない。
一つでも不備を見せれば、即座に「適性なし」として追い出されるだろう。
【ナレーション】
(魔導具の調整には、高度な集中力と繊細な魔力操作が求められる。特に魔導師団の杖は、使用者の魔力を増幅させる「触媒」であり、わずかな歪みが暴発事故に繋がる。リュシアはこの三日間、一睡もせずに理論を再構築し、完璧な調整を続けていた)
「リュシア」
不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。
「はい、殿下」
「杖の調整は一段落したと言っていたな。……これを、見てくれるか」
カイ殿下が立ち上がり、腰の剣を鞘ごと外して机に置いた。
ずしり、と重い音が響く。
私は震える手でその剣に触れた。
鞘から抜いた瞬間、息を呑んだ。
美しい装飾が施された刀身。
だが、その刃先は微細に欠け、中心を通る魔導回路は激しい熱で焼け付いたような痕跡がある。
「これは……」
「先日の国境警備で使った。今の私の魔力出力に、回路が耐えきれていない」
殿下が使う、実戦用の魔導剣。
原作ゲームの知識を思い出す。
カイ・アルトリウスは、王国最強の剣士の一人だ。
彼は単なる「管理者」ではなく、自ら最前線に立ち、魔物や敵国と戦う「使用者」だった。
私は慌てて、魔力測定用の触媒を剣に当てた。
途端、測定器の針が振り切れた。
「……っ!」
密度が違う。
一般的な騎士とは比較にならない、高出力で重厚な魔力特性だ。
この剣の設計思想が、殿下の才能に追いついていない。
無理やりエンジンを回しすぎて、車体が悲鳴を上げているような状態だ。
「殿下。この剣、今までよく壊れなかったものですね」
「代えはない。これが一番マシな出来だったからな」
淡々とした物言いに、私は職人としての矜持が疼いた。
こんな使いにくい道具で、彼は命を懸けていたのか。
私は自分の鞄から、一番硬度の高いミスリル製の鑢と、特殊な絶縁液を取り出した。
「……調整します。少し、時間がかかりますが」
「頼む」
私は剣に没頭した。
カイ殿下の魔力を「受け止める」のではなく「受け流す」回路。
過剰な出力を逃がさず、すべて刃の鋭さに変換するバイパスを構築する。
集中しすぎて、周囲の音が消えた。
殿下の視線を感じるが、もう怖くはない。
この人を死なせないための道具を作る。
ただそれだけが、私の頭を支配していた。
【ナレーション】
(作業が始まってから、二時間が経過した。カイは一度も席を立たず、リュシアの指先の動きを追い続けた。彼女が汗を拭うことさえ忘れて研磨を続ける様子に、カイの冷徹な瞳には、これまでになかった微かな温度が宿っていた)
「……できました」
私は最後に、殿下の魔力特性に合わせた紋章を刀身の根元に刻印した。
剣を差し出すと、殿下はそれを無造作に掴み、軽く一振りした。
ヒュン、という音が空気を切り裂く。
その瞬間、剣全体が淡い紫色の光を放った。
魔力の供給が、完璧にスムーズに行われている証拠だ。
「……信じられん」
カイ殿下が低く呟いた。
「重さを感じない。いや、魔力が体の一部になったような感覚だ」
彼は何度も剣の感触を確かめ、やがてそれを鞘に収めた。
そして、真っ直ぐに私を見た。
「リュシア」
「はい、殿下。不具合があれば、すぐに修正しますが……」
「いや、完璧だ」
彼は一歩、私に近づいた。
その距離の近さに、私は思わず身を引こうとした。
だが、彼の言葉が私を止めた。
「礼を言う。……今まで使ってきたどの剣よりも、信頼できる」
彼はそう言って、わずかに口角を上げた。
微笑。
無表情だったはずの彼の顔に、確かな感情が宿った。
私は心臓が激しく脈打つのを感じた。
それは恐怖ではない。
職人として認められた喜びと、もう一つ。
原作にはなかった「カイ・アルトリウス」という個人の温度に触れた動揺だ。
「……お役に立てたなら、光栄です」
私は目を逸らして答えるのが精一杯だった。
やはり、彼は道具の性能を重視している。
だからこそ、これほどまでの礼を言ってくれたのだ。
……そう。
私が「有能な道具」であり続ける限り、私の安全は守られる。
私は自分にそう言い聞かせた。
だが、カイ殿下は剣を帯び直すと、出口へ向かいながら言った。
「明日は、王城の温室へ行くぞ」
「……え?」
「新型の探知魔導具のテストだ。お前も来い。……これは命令だ」
彼は振り返らずに工房を出て行った。
テスト。
それなら工房でもできるはずなのに。
私は一人残された工房で、自分の頬が熱くなっていることに気づいた。
これが、次の「監視」の形式なのだろうか。
私は不安と、名状しがたい期待が混ざった溜息を吐いた。




