第12話 居場所と遠征の幕開け
朝の光が、王城の正門を白く染めていた。
私は、手に持った重い工具鞄を握り直す。
公爵令嬢が持つにはあまりに不釣り合いな荷物だが、今の私にはドレスよりもこれが必要だ。
門の前には、一台の巨大な馬車と、それを囲む数十人の騎兵たちが待機していた。
「おはよう、リュシア」
低い、落ち着いた声。
振り返ると、漆黒の遠征用軍服に身を包んだカイ殿下が立っていた。
朝日を背にした彼の姿は、絵画のように神々しく、それでいて近寄りがたい鋭さがある。
「おはようございます、殿下」
私が礼をすると、彼は無言で一通の書状を差し出した。
「昨夜の約束だ。自由条項を付け加えた。確認しろ」
私は急いで中身を見た。
そこには、職人としての裁量権を保証し、不当な拘束を禁ずる一文が、力強い筆致で追記されていた。
これさえあれば、私はただの「所有物」にはならない。
「……ありがとうございます。これで、安心して仕事に打ち込めます」
「そうか。ならば、あの馬車へ乗れ。お前の城だ」
彼が指し示した馬車を見て、私は目を見開いた。
【ナレーション】
(その馬車は、王立魔導研究所が秘密裏に開発していた移動式作業車を、カイが独自に改修させたものである。車体には最新の衝撃吸収術式が組み込まれ、内部には精密作業用の作業台まで完備されていた)
ステップを上がり、中を覗き込む。
そこには、私が第三工房で使い慣れていた工具の予備や、厳選された魔石のストックが、完璧な配置で並んでいた。
さらに、奥にはふかふかのソファと、温かい茶を用意できる小さな魔導コンロまである。
「……すごい。これなら、移動中も回路の設計ができますわ」
「設計よりも休息を優先しろと言ったはずだが」
いつの間にか背後にいたカイ殿下が、少しだけ呆れたように呟いた。
「ですが、殿下。国境までは数日かかります。その時間を無駄にするわけには……」
「お前は、本当に仕事のことしか考えないな」
殿下が私の頭に、ぽんと手を置いた。
その感触は、昨夜の緊迫した空気とは違い、どこか穏やかだった。
不思議だ。
本来なら、私は今ごろ城の夜会で、第一王子の機嫌を伺い、ヒロインに嫌がらせをする「予定」だった。
それが今は、冷酷なはずの第二王子の隣で、油と魔石の匂いに囲まれている。
それが、ひどく心地よかった。
誰かに決められた台本ではなく、自分の腕で勝ち取ったこの場所。
ここなら、私はリュシア・エヴァンスという悪役ではなく、ただの職人でいられる。
「殿下、出発の準備が整いました!」
騎士の一人が大きな声で報告する。
カイ殿下は私に頷き、自身の馬に跨った。
「行くぞ。……リュシア、遅れるな」
「はい、殿下!」
馬車がゆっくりと動き出す。
石畳を叩く馬の蹄の音が、勇ましく響く。
ふと、窓から王城のバルコニーを見上げた。
そこには、こちらを見下ろす金髪の影があった。
第一王子だ。
彼は不機嫌そうに扇を弄り、何かを忌々しげに睨みつけているように見えた。
その隣には、ぼんやりとした光を纏う少女……おそらくは、原作のヒロインである「聖女」の姿。
【ナレーション】
(リュシアが王都を離れることは、第一王子の独占欲に火をつける結果となった。そして、原作のシナリオが歪んだことで、本来なら中立であるはずの聖女の運命もまた、予期せぬ方向へと狂い始めていた)
私はカーテンを閉めた。
不穏な予感はある。
だが、今は目の前の「永劫の盾」を修復することに全力を注ぐべきだ。
私は作業台に向かい、昨日書きかけだった設計図を広げた。
カイ殿下が守ってくれる。
そして、私が彼を、私の技術で守る。
この対等な関係が、私の新しい「シナリオ」だ。
揺れる馬車の中で、私はペンを走らせた。
第一章:完
次章、「断罪イベントの兆し」
国境の街で待ち受けていたのは、想定を遥かに超える魔物の群れ。
そして、私を追いかけてきた「原作の残滓」だった。
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