表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第7話:大天使、降臨。

セーフハウスでの合宿生活が始まって、一週間が過ぎた。

俺の結界術は、まだお世辞にも完璧とは言えないまでも、なんとか形にはなってきた。料理に例えるなら、「レシピを見ながらなら、なんとか作れる」レベルだ。サクサクの唐揚げの衣をイメージすることで、防御結界は温かいオレンジ色の光を放つようになった。


一方のルナは、俺の作る高カロリー食と、お気に入りのハンディマッサージャーのおかげで、その身に宿す魔力量が、日に日に増していくのが分かった。キャットタワーのてっぺんで昼寝をする彼女の周りには、時々、小さな黒い稲妻のようなものがバチバチと走っている。不気味だが、頼もしい光景だった。


俺とルナの間には、いつの間にか、言葉にしなくても伝わる、奇妙な信頼関係のようなものが生まれていた。

俺はルナのために飯を作り、ルナは俺の飯を食って強くなる。

俺はルナを守るために結界の練習をし、ルナはその結界の中で、俺を守るために牙を研ぐ。

俺たちは、二人で一つの、奇妙なコンビになっていた。


そんな、束の間の平穏が続いていた、ある日の午後。

その時は、突然訪れた。


訓練スペースで、俺が結界の練習をしていると、セーフハウス全体に、けたたましい警報音が鳴り響いた。


「これは……!?」


俺が驚いていると、司令室のメインモニターを見ていた和泉さんが、今まで聞いたこともないような、緊張した声で叫んだ。


「総員、第一級戦闘態勢! 目標、東京上空に出現!」


壁一面の巨大モニターに、カメラが捉えた東京の空の映像が映し出される。

青く晴れ渡っていたはずの空の中心に、まるで穴が空いたかのように、巨大な光の渦が生まれていた。渦の中心は、眩いばかりの黄金色に輝いている。


テレビのニュース速報も、一斉にその映像に切り替わった。

『ただいま、東京上空に、謎の巨大な光が発生した模様です! 専門家も、原因は全く分からないと……』

街は、大パニックに陥っていた。人々が空を見上げ、叫び声を上げ、逃げ惑っている。


俺は、その光景を、ただ呆然と見つめていた。

間違いない。

ついに、来たんだ。


「エネルギー反応、計測不能! 凄まじい神聖エネルギーです……! 間違いありません、大天使ウリエルです!」


和泉さんの言葉と共に、光の渦の中心から、一体の存在がゆっくりと地上へと降りてくる。

美しい銀色の長髪をなびかせ、純白のローブをまとった、穏やかな笑みを浮かべた男。

先日、ホログラムで見た、あの姿だ。


ウリエルは、まるでそこに階段があるかのように、ゆっくりと空を歩き、やがて、新宿にある東京都庁の、一番高い塔のてっぺんに、音もなく降り立った。

彼が地上に降り立った瞬間、東京を覆っていた光の渦は、さらにその輝きを増した。


そして、俺たちの頭の中に、直接、声が響き渡ってきた。

それは、男の声でも女の声でもない、神々しく、そして一切の感情を感じさせない、絶対的な存在の声だった。


《―――我が名は、ウリエル。天界の意志を代行する者》


その声は、おそらく、東京中にいる全ての人間の耳に、同時に届いていたのだろう。

街の喧騒が、ぴたりと止んだ。


《穢れたる地上の子らよ。これより、この東京の地において、神の御業たる『聖別』を執り行う。これは、罰ではない。古き世界を終わらせ、新しき聖域を創造するための、祝福である》


ウリエルが、そっと右手を掲げる。

すると、彼の背後に、巨大な魔法陣のような、光の紋様が描き出された。

その紋様は、まるで生き物のように脈動し、空全体へと広がっていく。


《抵抗は、無意味。ただ、安らかに、聖なる光にその身を委ねよ。世界の再生の礎となることを、光栄に思うが良い》


その言葉を最後に、ウリエルは静かに目を閉じた。

だが、彼の背後で広がり続ける光の紋様は、どんどんその輝きを増していく。

都庁の周辺から、目に見えない壁のようなものが広がり、街の一部を隔離していくのが分かった。おそらく、あの内側が、聖別計画の中心地になるのだろう。


セーフハウスのモニターに、無数のデータが表示される。

《都庁を中心に、半径三キロ圏内が、強力な神聖結界によって封鎖されました! 外部からの物理的干渉、ほぼ不可能です!》

オペレーターの一人が、悲鳴のような声を上げた。


決戦の火蓋は、切って落とされた。

いや、これはもう、戦いですらない。

ただの一方的な、世界の終わりを告げる儀式だ。


俺は、自分の手が、ぶるぶると震えているのに気づいた。

怖い。

今まで戦ってきた天使たちとは、比べ物にならない。

画面越しに伝わってくるだけで、魂が凍りつきそうなほどの、圧倒的なプレッシャー。

あんなものに、俺たちが勝てるわけがない。


俺が絶望に打ちひしがれていると、足元で、ふわりと柔らかいものが擦り寄ってきた。

見ると、ルナが俺の足に、自分の体をすりつけていた。


彼女も、震えていた。

かつて自分を打ち破った宿敵の登場に、恐怖を感じないはずがない。

だが、その青い瞳は、モニターに映るウリエルを、まっすぐに見据えていた。その瞳の奥には、恐怖よりも強い、怒りの炎が燃えているのが分かった。


俺は、ルナの小さな頭を、そっと撫でた。

震えが、少しだけ収まった。


そうだ。

俺は、もう覚悟を決めたじゃないか。

怖いのは、当たり前だ。相手は、神様みたいなもんなんだから。

でも、だからって、黙ってこの日常を明け渡すつもりなんて、これっぽっちもない。


俺は、隣に立つ和泉さんに向き直った。

彼女も、厳しい表情でモニターを睨みつけていた。


「和泉さん」

「……はい」

「俺たちを、都庁まで送ってください」


俺の言葉に、和泉さんは驚いたように目を見開いた。

だが、すぐにその表情は、決意を固めた戦士の顔へと変わった。


「……承知しました。これより、最終作戦を開始します。『キャビネット』が持つ全ての技術と情報を、あなたたちのために使います。生きて、帰ってきてください」


「もちろんです」


俺は、不敵に笑ってみせた。

心の中では、まだ足がガクガク震えている。

でも、もう、俺は一人じゃない。


隣には、最強の腹ペコ魔王様がいて。

背中には、クールで有能なエージェントがついていて。

そして、俺の手には、世界一美味い唐揚げのレシピがある。


「行くぞ、ルナ」

(うむ、下僕よ!)


俺とルナは、顔を見合わせた。

目指すは、敵の本拠地、東京都庁。

これから始まるのは、世界の運命を賭けた戦いなんかじゃない。

ただのサラリーマンが、愛する日常と、腹ペコの猫を守るための、ちっぽけで、だけど絶対に負けられない、最後の戦いだ。

俺は、固く拳を握りしめ、来るべき決戦の地へと、歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ