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第4話:堕天使が告げる『聖別計画』。

新宿御苑での激戦から、一週間が過ぎた。

あの後、俺たちは和泉さんからこっぴどく怒られた。「貴重なたこ焼きを地面に散乱させるとは、何事ですか!」と。どうやら、後で回収して、成分を分析するつもりだったらしい。この人は、食べ物で遊ぶことを何とも思っていないようだ。


俺たちの日常は、奇妙な平和を取り戻していた。

俺は会社に通い、ルナは部屋でゴロゴロしながら俺の帰りを待つ。時々、和泉さんから「次の襲撃に備えてください」と連絡が来る以外は、ごく普通の(喋る猫がいることを除けば)毎日だった。


そんなある日の日曜日。

俺が昼食の焼きそばを作っていると、インカムから和-泉さんの緊張した声が聞こえてきた。


《緊急事態です。秋葉原の一帯で、奇妙なエネルギー反応を観測しました》

「また天使ですか?」

《いいえ。今回は、少し毛色が違います。聖なる力なのですが、その波長がひどく乱れ、濁っている。まるで、光が腐敗したかのような……》


俺が首をかしげていると、キャットタワーのてっぺんで寝そべっていたルナが、はっとしたように顔を上げた。

「……堕天使、か」


堕天使。天界を追放された、元・天使。

名前を聞くだけで、なんだかヤバそうな響きだ。


《その可能性が高いです。目的も、敵か味方かも、一切不明。ですが、これほどのエネルギーを持つ存在を放置はできません。田中さん、ルナ様。申し訳ありませんが、現地へ向かい、接触を試みてください》


こうして俺たちは、日本のオタク文化の聖地、秋葉原へと向かうことになった。


日曜日の秋葉原は、ものすごい数の人々でごった返していた。

色とりどりのアニメの看板、メイド服の女の子たち、巨大なゲームセンターから鳴り響く爆音。

その全てが、異世界から来た元魔王様には、強烈な刺激だったらしい。


「おお……! なんという混沌! なんというエネルギーだ! あの硝子の箱の中に飾られている人形は、一体なんなのだ、下僕よ!」


俺の肩のキャリーバッグの中から、ルナの興奮した声が聞こえてくる。彼女は、ショーウィンドウに飾られた美少女フィギュアに釘付けになっていた。


「あれはフィギュアだ。静かにしてろ、目立つだろ」

「ふぃぎゅあ……。我も、あのような美しい姿で顕現してみたいものだ……」


俺は、周囲の視線が気になって、冷や汗が止まらなかった。

和泉さんの指示で、俺たちはエネルギー反応が最も強いという、駅前のゲームセンターへと足を踏み入れた。


薄暗い店内に、無数のゲーム機の光と音が渦巻いている。

その一番奥、クレーンゲームが並ぶ一角に、その人物はいた。


一見すると、どこにでもいる若い男だった。

少しよれたパーカーを着て、気だるそうな目でクレーンゲームのガラスケースを眺めている。

だが、その雰囲気だけが、明らかに周囲から浮いていた。彼がプレイしているクレーンゲームの景品口には、普通なら絶対に取れないような、大きなぬいぐるみが山のように積まれている。


和泉さんが言っていた、濁った聖なるエネルギー。

それは、間違いなく、この男から発せられていた。


俺がどう声をかけようかと迷っていると、男はゲーム機から顔を上げ、ゆっくりとこちらを振り返った。

その目は、全てを見透かすような、深く、そしてどこか寂しげな色をしていた。


「……やっと来たか。待ちくたびれたぜ、元魔王様と、その変な飼い主」


男は、気だるそうな声で言った。

俺たちが来ることを、最初から分かっていたかのようだ。


「……貴様、何者だ」

キャリーバッグの中から、ルナが警戒心むき出しの声を響かせる。


男は、ふっと自嘲するように笑った。

「俺か? 俺は、ラミエル。天界じゃ、ちょっとした有名人だったんだがな……。今はただの、翼をもがれた鳥さ」


ラミエルと名乗った堕天使は、俺たちに敵意を見せるわけでもなく、またクレーンゲームへと向き直った。そして、信じられないほど巧みな操作で、いとも簡単に新しいぬいぐるみを一つ、景品口に落としてみせた。


「……何の用だ。俺は、もう天界にも魔界にも興味はない。この人間界の娯楽を、静かに楽しみたいだけなんだが」

「とぼけるな。貴様ほどの存在が、ただ遊びに来たとでも言うのか」


ルナの問いに、ラミエルは少しだけ黙り込んだ。

そして、ぽつりと呟いた。


「……忠告しに来てやったのさ。お前ら、どうやらとんでもないことに巻き込まれてるらしいからな」

「なに?」

「天界の連中……あいつら、ただお前を消しに来てるだけじゃねえぞ」


ラミエルの言葉に、俺は息をのんだ。


「あいつらの本当の目的は、『聖別計画』だ」

「せいべつ……けいかく……?」


初めて聞く言葉に、俺は聞き返した。

ラミエルは、景品口から取り出したぬいぐるみを弄びながら、面倒くさそうに説明を始めた。


「お前が失った『魔王の核』……あれは、膨大な負のエネルギーの塊だ。天界の連中は、それを回収し、逆転させることで、巨大な正のエネルギー兵器を作り出そうとしている。そして、そのエネルギーを使って、この東京という都市に住む、一千万の人間から、生命エネルギーを根こそぎ刈り取るつもりなのさ」


「……なっ!?」


俺は、言葉を失った。

一千万の、生命エネルギーを、刈り取る?

それはつまり、東京に住んでいる人間が、皆、死ぬということか?


「なんで、そんなことを……」

「新しい『聖域』を作るためさ。穢れた人間界を浄化し、地上に新たな天界の領土を築く。あいつらが大昔から夢見てる、壮大な計画だよ。そして、その計画の起動キーが、お前の『魔王の核』ってわけだ」


ラミエルの言葉は、俺の頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を与えた。

今までの戦いは、ただルナの命が狙われているだけだと思っていた。

だが、違った。

俺たちが住むこの街、この東京そのものが、狙われていたんだ。


「……そんなこと、させるか……!」

キャリーバッグの中で、ルナが怒りに震える声を出した。


ラミエルは、そんなルナの様子を、鼻で笑った。

「威勢がいいな。だが、どうする? 次に来る連中は、今までの奴らとはレベルが違うぞ。計画の総責任者である、大天使ウリエル自らが、そろそろ動き出す頃だ」


ウリエル。

その名を聞いた瞬間、ルナが息をのむのが分かった。

それは、かつて彼女を打ち破り、魔王の座から引きずり下ろした、宿敵の名前だった。


「情報はくれてやった。どうするかは、お前らが勝手に決めな。俺は、高みの見物をさせてもらうぜ」


ラミエルはそう言うと、山のようなぬいぐるみを抱え、俺たちの横をすり抜けて、雑踏の中へと消えていこうとした。


「待て! なぜ、俺たちにそんなことを教える!」


俺は、思わず彼の背中に声をかけた。

敵でも味方でもないと言いながら、なぜ、こんな重要な情報を?


ラミエルは、足を止め、少しだけ振り返った。

その顔には、深い疲労と、ほんの少しの怒りの色が浮かんでいた。


「……あいつらのやり方が、気に食わねえだけさ。正義だの浄化だの、綺麗な言葉を並べて、結局やってることは、ただの大量虐殺じゃねえか」


それだけ言うと、彼は今度こそ、秋葉原の人混みの中に姿を消した。


残された俺とルナは、ゲームセンターの喧騒の中で、ただ立ち尽くしていた。

事態は、俺たちが思っていた以上に、深刻で、そして巨大なものだった。

これはもう、俺のアパートや、俺の平穏な日常だけの問題じゃない。


東京が、終わるかもしれない。


色とりどりの光と音に包まれたこの街が、もうすぐ戦場になる。

その事実が、重い鎖のように、俺の心にのしかかってきた。

俺は、これからどうすればいいんだ。

答えなんて、どこにも見つからなかった。

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