第五十一話:道標
静寂。
三人は、破壊し尽くされた指令室の、入り口で、ただ、荒い息をついていた。
長い、長い、夜が、ようやく、終わったのだ。
カミーユは、痛む身体に鞭打ち、立ち上がった。
「行くぞ。ここも、じきに、ヴァロワの増援が来る」
彼女は、ミシェル市長に肩を貸し、サシャもまた、コンソールから離れ、二人を援護する。
要塞の、崩れかけた通路を、三人は、脱出を急いだ。
---
数日後。
リヨンの、ウェイが用意した隠れ家のアパート。
ようやく、束の間の、平穏が訪れていた。
カミーユは、武器の手入れを、サシャは、自らのサイバーウェアのメンテナンスを、そして、コーエン博士は、ミシェル市長と、チェスを指していた。
その、静寂を破ったのは、アヤだった。
ミメシス・ドローンのスピーカーから、彼女の、思い詰めたような声が、響いた。
『……あの……』
彼女は、おそるおそる、といった様子で、ミシェル市長に、尋ねた。
『……市長。あなたは、ブラックアウト以前、政府の、かなり、上の立場にいたんですよね?』
「ああ。内務省の、しがない官僚だったがね」と、ミシェルは、チェスの駒から目を離さずに、答えた。
『……何か、心当たりは、ありませんか?』
アヤは、祈るように、続けた。
博士から、企業の設備では、『ラザロ』の起動に必要な「電力」が、絶望的に足りない、という事実を聞かされて以来、彼女たちの計画は、完全に、手詰まりの状態に陥っていた。
『……国家レベルの、巨大な発電施設と、そして、高度な、汎用の生体インターフェイスが、同じ場所にあるような、そんな場所……。どんな、些細な噂でも、構いません』
ミシェル市長は、腕を組み、深く、考え込んでいた。
彼の脳裏に、ブラックアウト以前の、膨大な記憶が、蘇る。
閉鎖された施設。凍結されたプロジェクト。地図の上から、消された、数々の、国家機密。
やがて、彼は、一つの、ほとんど忘れかけていた、計画の名を、思い出した。
「……一つだけ、あるかもしれん」
彼は、ゆっくりと、顔を上げた。
「……もう、何十年も前に、計画が凍結され、今は、使われていないはずの……宇宙基地は、どうだろうか?」
「宇宙基地……?」
博士が、驚きの声を上げる。
「ああ」と、ミシェルは頷いた。「トゥールーズにあった、旧国立宇宙研究センターだ。あそこには、ロケットを打ち上げるための、独立した、巨大な発電施設があったはずだ。そして……」
彼は、何かを、思い出すように、続けた。
「あそこは、フランスで、最も、高度な科学技術が集まる場所だった。宇宙飛行士たちの、健康を、完璧に、管理するために、当時、最高性能の、医療ポッドが、いくつも、導入されていた、という話を、聞いたことがある」
その言葉を聞いた、コーエン博士の顔色が変わった。
彼は、信じられない、という顔で、叫んだ。
「……最高性能の医療ポッド……。」
彼は、カミーユとアヤへと、向き直った。その目は、科学者としての、興奮に、輝いていた。
「……それだ!それだよ!カミーユ君!アヤ君!」
「それほどの性能のハードウェアがあれば……私が、私が、その場で、アヤ君用に、『ラザロ』を、完璧に、組み込んでみせる!」
部屋は、興奮の坩堝と化した。
絶望的な手詰まりの中に、たった一つの、細く、しかし、確かな光が、差し込んだ瞬間だった。
カミーユは、その、歓喜の輪から、一人、静かに離れると、窓の外の、廃都の夜景を見つめていた。
彼女の視線は、遥か、南西。
トゥールーズの、方角を、真っ直ぐに、見据えていた。




