第五十話:鉄巨神
「どうした、ゴースト。仲間割れか? 怖じ気づいたか?」
モレルの、嘲笑うような声が指令室に響き渡る。
義手の拳が唸り、床を叩き割った瞬間――
[ガギャアアアン!!!]
コンクリート片が破片となって四方へ飛び散る。
火花が床を走り、空気がビリビリと震えた。
カミーユは、サシャの真意を測りかねたまま、モレルの次なる突進を紙一重でかわす。
風圧だけで頬を裂かれ、壁に叩きつけられる。
肺が震える――まさに殺意そのものの一撃。
その、まさに刹那――
[ドゴオオオオオオオオオオン!!!!!!]
指令室の壁が、外側から爆破された。
衝撃波で照明が明滅し、天井のパイプが吹き飛ぶ。
粉塵と瓦礫の向こうに、巨体がゆっくりと姿を現す。
全長五メートル。装甲は鋼鉄の塊。
赤いモノアイが、闇の中で不気味に点滅する。
――市警の切り札。
『ル・マレシャル』。
「……嘘でしょ」
カミーユが思わず息を呑む。
「なっ……!?」
モレルも目を見開いた。
己の存在すら“切り捨てる力”が、今、目の前に現れたのだ。
機体の外部スピーカーから、低く冷たい声が響く。
聞き覚えのある、氷のような声。
アントワーヌ・ヴァロワ署長の声だった。
「……モレル。まだ片付かんのか。使えん男だ」
その言葉には、情も、躊躇もなかった。
ヴァロワは“役立たず”と判断した部下ごと、敵もろともこの場を葬る気だった。
『ル・マレシャル』の両腕――
二門の大口径ガトリングが、ゆっくりと回転を始める。
[ギュイイイイイイン……]
空気が震え、低周波が床を揺らす。
「やばい……!」
サシャの声が震える。
その瞬間――
[ダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!]
地鳴りのような轟音。
それは、もはや「銃声」ではなかった。
鋼鉄の嵐。
数百、数千発の弾丸が、部屋全体を薙ぎ払う。
サーバーラックは紙屑のように吹き飛び、
分厚いコンクリートの壁ですら、バターのように削り取られていく。
火花と粉塵が視界を覆い、耳鳴りが爆発する。
「ヴァロワ様!お待ちください!ヴァロワさ――っ!」
モレルの悲鳴は、弾丸の奔流にかき消された。
義手ごと吹き飛ばされ、巨体が赤い霧となって消える。
「チッ!」
カミーユは舌打ちし、サシャとペール・ミシェル市長の腕を掴む。
「こっちだ!」
弾幕の死角へと飛び込み、滑り込むように退避。
背後で鉄と火薬の嵐が暴れ狂い、壁が砕けるたび、骨まで響く衝撃が走る。
『カミーユ!あれを、誘導して!』
サシャの声が怒鳴り声に変わる。
カミーユは、咄嗟にアルバレッテを構え、
パイルバンカー・ボルトを『ル・マレシャル』の胸部へ撃ち込んだ。
だが――火花が散るだけ。
装甲はまるで岩盤。傷一つ付かない。
(嘘……! 通らない!?)
瓦礫が雨のように降り注ぐ。
指令室はもはや戦場ではなく、処刑場だった。
――万策尽きた。そう思われたその瞬間。
サシャが、インカム越しに短く、震えるような声で言った。
『―――カミーユ、伏せて』
次の瞬間。
サシャの端末のキーが、爆撃のような音を立てる。
旧式のメインフレームが強制制御され、安全装置が一つ、また一つと外れていく。
指令室の空気が――変わった。
「なにを――サシャ!?」
カミーユが叫ぶ。
サーバー群が異音を立て、モニターが一斉に火花を散らす。
天井の照明が閃光を放ち、次々と破裂。
床下配線から黒煙が噴き上がる。
全系統暴走――指令室そのものが爆弾と化した。
『ル・マレシャル』の巨体は爆発の中心に取り残され、
その装甲は耐えたが、内部回路は灼熱と電磁衝撃に晒される。
モノアイが一瞬、激しく明滅した。
火花が溢れ、巨体が膝をついた。
関節から青白い煙が立ちのぼり、遠隔制御の信号も――途絶える。
『……今だ!』
サシャの声。
その一言で、カミーユはすべてを理解した。
アルバレッテを構える。
爆発で露出した、首元のメイン動力ケーブルへ照準を合わせ――
呼吸を止め、引き金を絞る。
[ズドオオオオオオオン!!!!]
パイルバンカー・ボルトが雷鳴のような音を響かせ、
弱点を――貫いた。
『ル・マレシャル』のモノアイが一瞬、青白く閃き、
そして――赤い光がスゥ……と消える。
鉄の巨神は糸が切れた人形のように、
ゆっくりと――前方へ倒れた。
カミーユとサシャ、そしてミシェル市長は、
崩れ落ちる巨体の下敷きになる寸前、開かれたブラストドアの外へ飛び込む。
背後で、鉄の巨神が床に沈み込む轟音。
震える大地。崩れ落ちる鉄骨。
静寂――
長い夜が、ようやく終わった。
三人は入り口で荒い息をつき、瓦礫の山の向こうを振り返った。
そこには、静かに横たわる鉄の骸。
あれほどの絶望をもたらした『ル・マレシャル』が、ただの鉄屑と化していた。




