第四十九話:血の指令室
彼の号令と同時に、RAID兵たちが散開。
天井から、分厚い展開式の防弾シールドが、轟音と共にいくつも降りてきて、カミーユたちの退路と、射線を、瞬く間に、塞いでいく。
指令室は、完璧な、制圧空間へと変貌した。
一瞬の静寂。
そして、銃声の嵐。
[ダダダダダッ!]
アサルトライフルの初弾が、嵐となって、二人が飛び込んできた入り口へと殺到する。
その、まさに、刹那。カミーユは床を蹴っていた。
ブーツのかかとが打ち鳴らされ、圧縮空気の爆発的な推進が、彼女の身体を、射線の外へと、弾き出す。
彼女は、床を滑りながら、ハンドガン『モンテ・クリスト』の銃口を閃かせた。スコープ越しに、シールドとシールドの、僅かな継ぎ目が、赤いラインでハイライトされる。
引き金が引かれる。
放たれたクリスタル弾が、その継ぎ目を、寸分の狂いもなく、撃ち抜いた。
悲鳴が一つ、シールドの向こうで、短く、消える。
「左右に散開しろ!囲め!」
モレルの怒号が響いたときには、すでにカミーユの姿は、別のサーバーラックの影へと消えていた。
壁、天井、床下。あらゆる構造を利用した、攪乱。
彼女のスティンガーがきらめき、暗殺者のような連撃が、RAID兵士たちを、次々と、沈黙させていく。
『カミーユ、右側の鉄柱裏に二人、上にも一人!』
サシャの冷静な声が、通信機から飛ぶ。彼女もまた、『イトザクラ』で、ありえない軌道の曲射を放ち、敵を牽制していた。
「了解」
カミーユは、床下のメンテナンススペースへと滑り込み、数メートル先から、再び、床の上へと飛び出した。
完璧な、奇襲。
RAID兵士二人が、反応する間もなく、崩れ落ちる。
照明の下、血の飛沫が、白い床を、赤く染めた。
やがて、指令室に残ったのは、モレルと、その両脇を固める、二人の側近だけになった。
周囲には、破壊されたサーバーと、沈黙した兵士たちの亡骸。そして、濃密な、硝煙の臭いが、立ち込めている。
「やはり……お前は化け物だな、好敵手よ。」
モレルが、低く唸る。
彼の、醜悪な義手の装甲が展開し、内部から、高熱を帯びたブレードが、剥き出しになった。
重機を思わせる、金属の咆哮。その瞬間、床が沈むような衝撃と共に、モレルが、カミーユへと突進してきた。
(っ……速い!)
モレルの義手が床を砕き、その風圧が、カミーユの頬を裂く。
紙一重でかわすが、衝撃波だけで、壁に背を叩きつけられるほどの膂力だった。
「やっと、“本気”が見られるのか」
カミーユは、悪態をついた。
二人の側近が、左右から、挟み込むように突進してくる。
カミーユは、滑り込みながら、片足で、一人の膝を蹴り砕き、逆手に握ったナイフで、残る一人の喉元を、一閃した。
床に沈む、二つの影。
残るは、モレル、ただ一人。
「終わりだ、ゴースト!」
義手の先端が、唸りを上げる。
重量のある金属ブレードが、カミーユめがけて、振り下ろされる。彼女は床を転がり、間一髪でかわした。金属が床をえぐり、火花が散った。
『……カミーユ、あれは正面からじゃ無理。装甲も、筋力補助も、桁違いだ』
「わかってる!」
呼吸が荒い。汗が、頬を伝う。
カミーユは、距離を詰め、スティンガーを叩き込む、その、一瞬のタイミングを探りながら、モレルを睨みつけた。
その時だった。
『……カミーユ、もし、突破できなかったら――』
サシャの声が、低く、沈んでいた。
「何? どういう意味だ」
『……私の奥の手を発動させる』
それは、カミーユが、今まで、一度も、聞いたことのない声音だった。
いつも冷静で、シニカルでさえある彼女の声に、ほんの一瞬だけ、凍てつくような「熱」がこもる。
「……サシャ?」
通信越しに、アヤの声も、上ずる。
『ちょ、なにそれ。どういう――』
『アヤ、すぐに通信を切れ』
その、短い一言に、アヤが息を呑む。
サシャの声には、いつもと違う「圧」があった。
冷静さの奥に、何か、とてつもないものを、決意した音。
「ちょっと待って、何をする気?」
カミーユが叫ぶ。
だが、返答はなかった。
モレルが、笑う。
「どうした、ゴースト。仲間割れか? 怖じ気づいたか?」
彼の義手の拳が、再び、床を砕き、コンクリート片が、四散する。
サシャは――カミーユとアヤにさえ、知られていない、「別の手」を、今、まさに、切ろうとしていた。




