第四十七話:鉄の森
リヨンを脱出して、数日が経過した。
カミーユは、愛車『フォコン』を駆り、市警の追手をかわしながら、ヴォージュ山脈の麓に広がる、広大な森へと、たどり着いた。
サシャから指定された、合流ポイントを目指し、バイクを隠し、森の中へと、足を踏み入れる。
森には、錆びついた有刺鉄線や、朽ち果てたトーチカの残骸が、木々に絡みつくように点在している。まさに「鉄の森」だった。
ここは、PAF(警察国境警備隊)の支配領域。空気そのものが、張り詰めている。
『……カミーユ、気をつけて。……この森全体が、ドローンの監視網で覆われてる』
アヤの、ノイズ混じりの声が、通信機から囁いた。
カミーユは、そのドローン網を、自らの五感と経験だけで潜り抜け、合流地点である、古い狩人の小屋へと、たどり着く。
彼女が、慎重に、小屋の中へと入ると、そこには、すでに、一人の先客がいた。
薄暗い小屋の中、たった一つの、携帯端末の光を頼りに、静かに、コンソールを操作している、銀髪の人物。サシャだった。
彼女は、顔を上げずに、言った。
『……遅かったな、カミーユ。君が来るまでに、この森の、全ての監視ドローンの、行動パターンを、丸裸にしておいたよ』
サシャは、立ち上がると、カミーユに、前方の丘の上にある、古い監視塔を指し示した。
『……あそこに、厄介な「目」がいる。PAFの狙撃手だ。彼がいる限り、我々は、ここから先へは進めない』
二人は、その「目」を潰すための、最初の共同作戦を開始した。
カミーユは、監視塔から数百メートル離れた、大木の陰に身を潜め、アルバレッテを構えた。
その先端には、パイルバンカーではない。先端に、強力な即効性の麻酔薬を塗布した、特殊な注射針が仕込まれた、サイレント・ボルトが装填されている。
『……彼のサイバーアイに、侵入を試みる』
サシャが、隣で、小型の端末を操作しながら、囁いた。
『……彼の視界に映っている、静かな森の風景を、ループ再生させる。……タイミングは、君に任せる』
その言葉だけを合図に、サシャは、ハッキングを開始した。
カミーユは、アルバレッテを構えたまま、動かない。
風が、木の葉を揺らす音。遠くで、獣が鳴く声。
彼女は、狙撃手の、呼吸のリズムが、ほんのわずかに、乱れた瞬間を、待っていた。
そして、その瞬間が、訪れる。
[プシュッ]という、ごく小さな発射音。
ボルトは、音もなく、狙撃手の、装甲のない首筋に突き刺さった。
彼は、首筋に、虫に刺されたような、わずかな痛みを感じ、そこに手をやろうとする。
しかし、その腕が、首に届く前に、彼の意識は、音もなく、闇に落ちた。
彼は、ライフルを構えたまま、監視塔の上で、静かに、眠りについた。
最初の関門は、突破した。
二人は、言葉を交わすことなく、頷き合うと、森の、さらに奥深くへと、その姿を消していった。




