第四十六話:鋼鉄の彼方へ
隠れ家のアパートに戻ったカミーユは、フクロウから得た、絶望的な情報を、アヤと博士に共有した。
部屋は、重い沈黙に包まれる。
「……マジノ線の、地下要塞だと……?」
コーエン博士が、信じられない、という声で呟いた。「正気じゃない。あそこは、今や、ヴァロワの私兵と化した、RAID部隊の巣窟だ。……不可能だよ、この街から、出ることさえ……」
『……検問所は、全部、レベルAの警戒態勢に入ってる。生体スキャンなしじゃ、アリ一匹、通さないつもりだよ』
アヤの声もまた、沈んでいた。
だが、カミーユの目は、まだ、死んでいなかった。
彼女は、フクロウが言った、最後の言葉を、思い出していた。
『道を知っている連中』。
彼女は、決意した。
たとえ、それが、虎の穴に、自ら頭を突っ込む行為だとしても。
彼女は、サシャとの、あのプライベート回線を開いた。
『……カミーユ。何の用だ』
サシャの、いぶかしげな声が響く。
「取引がしたい」
カミーユは、静かに、しかし、力強く、言った。
「私は、今から、市長を救出するため、ヴォージュ山脈へ向かう。市警の包囲網を、突破するための、陽動が欲しい」
その、あまりに攻撃的な作戦内容に、サシャは、しばらく、黙り込んだ。
やがて、彼女の声が、スピーカーから響いた。
その声は、穏やかだったが、その奥に、鋼のような決意が感じられた。
『……ヴァロワの喉元に、牙を突き立てる、というわけか。』
『……分かった。その取引、乗ろう。貸しは、返す。それに、ヴァロワは、我々にとっても、不倶戴天の敵だ』
サシャは、一枚の地図データを、カミーユの端末に転送した。
『我々の部隊が、街の反対側にある、PAFの分署を、直接、強襲する。物理的な、本物の戦争だ。ヴァロワの戦力を、完全に、そちらに引きつけてやる』
「時間は」
『今から、三時間後。日付が変わると同時に、狼煙を上げる』
『……アヤ』
サシャが、初めて、その名を呼んだ。
『君のミメーシスから得られる、リアルタイムの情報を、我々の陽動に組み込みたい。力を、貸してくれるか?』
『……うん!』
アヤの、力強い返事が、響いた。
『……カミーユ』
サシャが、最後に、付け加えた。
『……アヤを、頼んだ。……そして、君も、死ぬな』
通信が、切れた。
カミーユは、コーエン博士へと向き直った。
「博士。あなたは、ここにいろ。ウェイの縄張りだ。市警も、簡単には、手出しはできない」
「しかし……!」
「足手まといだ」
カミーユの、その、あまりに率直な言葉に、博士は、何も言い返せなかった。
彼は、ただ、静かに、頷いた。
三時間が、経過した。
隠れ家のアパートの窓から、遠くの空が、赤く染まるのが見えた。
爆発音と、無数のサイレンの音が、ここまで、響いてくる。
サシャの、作戦が、始まったのだ。
『カミーユ!市警の主力が、第七、第八行政区へ、移動を開始した! PAFの、第三行政区の包囲網に、僅かな隙間ができる!……今だ!』
アヤの声が、合図だった。
「行くぞ!」
カミーユは、一人、愛車『フォコン』にまたがると、スロットルを全開にした。
静かなモーターが唸りを上げ、バイクは、廃都の闇の中へと、猛然と、飛び出していく。
街は、燃えていた。
空には、ヴァロワの、権力の象徴である、市警のドロップシップが、サーチライトを振りかざしながら、東へと向かっていく。
その光景を、背後から、無数の、小さなドローン――ノマドの、蜂の群れが、追いかけていく。
カミーユは、その、二つの勢力が作り出した、束の間の「嵐の目」の中を、ただひたすらに、西へと、疾走した。
目指すは、ヴォージュ山脈。
恩人を救い出すための、あまりにも、無謀な、長旅の始まりだった。




