第四十五話:狼煙
テレビの画面の中で、アントワーヌ・ヴァロワが、偽善に満ちた笑顔で、リヨンの輝かしい未来を語っている。
カミーユは、その顔を、氷のような瞳で見据えていた。
恩人であり、この廃都の最後の良心でもあった、ペール・ミシェル市長が、今、この男の手に落ちた。
『カミーユ……どうするの……?』
アヤの、不安げな声が響く。
「……情報を集める」
カミーユは、アルバレッテを背負うと、即座に行動を開始した。
「ミシェルが、どこへ連れて行かれたのか。それを、突き止める」
『でも、誰に……?』
「この街で、金で買えない情報はない」
カミーユの脳裏に、梟の仮面をつけた、あの男の顔が浮かんでいた。
彼女は、コーエン博士に、アパートで待っているよう、短く告げると、一人、夜の闇へと、再びその身を投じた。
街は、ヴァロワの演説の後、異様な緊張感に包まれていた。
市警のパトロールが、その数を、倍以上に増やしている。街中の監視カメラが、血眼になって、彼女の顔を探している。
カミーユは、それらの「目」を、プロの技術で潜り抜け、旧サン・ジャン大聖堂の地下、ムッシュ・フクロウの取引所へと、たどり着いた。
「……また、君かね」
梟の仮面は、感情を読み取らせない。
「今、この街で、君ほど、厄介な商品はいない。何の用だね?」
「ペール・ミシェル市長の、居場所が知りたい」
カミーユは、単刀直入に言った。
フクロウは、肩をすくめた。
「それは、A級の情報だ。しかも、今のリヨンの王、ヴァロワに、真っ向から喧嘩を売るに等しい。……君に、払えるのかね?その対価を」
カミーユは、無言で、一つのデータチップを、カウンターの上に置いた。
それは、マルセイユで、ダミアンから奪った、顧客台帳のデータだった。
「……ほう」
フクロウは、そのチップを手に取ると、自らの端末で、中身を検分した。
彼の指が、止まる。リストの最後にあった、一つの名前。
オーギュスト・モレル。
「……これは、面白い」
フクロウは、愉快そうに、喉の奥で笑った。「ヴァロワの忠実な猟犬が、コルボーのドラッグの、上客だったとは。……なるほど。これなら、十分な『対価』だ」
彼は、新しい情報を、カミーユの端末に転送した。
「ヴァロワは、賢い男だ。市長を、この街には置いていない。すでに、移送させた後だ」
「どこへ」
「ヴォージュ山脈だ。ドイツとの旧国境線にある、マジノ線の地下要塞を、秘密の収容所として使っているらしい」
ヴォージュ山脈。
その名に、カミーユは、歯ぎしりした。
あまりにも、遠い。そして、この街から、どうやって、脱出するのか。
フクロウは、そんな彼女の心を見透かしたように、言った。
「街の全ての出口は、ヴァロワの部隊が、完全に封鎖している。……君ほどの腕があっても、正面から突破するのは、不可能だろう。……もっとも」
彼は、言葉を切った。
「……『道』を知っている連中が、いないわけではないがね」
隠れ家へと戻ったカミーユは、フクロウから得た、絶望的な情報を、アヤと博士に共有した。
部屋は、重い沈黙に包まれる。
「……不可能だ」と、博士が言った。「この街から、出ることなど……」
『……検問所は、全部、レベルAの警戒態勢に入ってる。生体スキャンなしじゃ、アリ一匹、通さないつもりだよ』
だが、カミーユの目は、まだ、死んでいなかった。
彼女は、フクロウが言った、最後の言葉を、思い出していた。
『道を知っている連中』。
彼女は、決意した。
たとえ、それが、虎の穴に、自ら頭を突っ込む行為だとしても。
彼女は、サシャとの、あのプライベート回線を開いた。
『……カミーユ。何の用だ』
サシャの、いぶかしげな声が響く。
「取引がしたい」
カミーユは、静かに、しかし、力強く、言った。
「この街から、出るための、『道』が欲しい」




