表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cat's Whiskers  作者: 七日
41/53

第三十九話:父の戦争

ジュリアン・ヴァランの隠れ家は、バ=カルティエの、どの地区にも属さない、忘れられた場所に存在した。

旧市街の地下深く、かつて、二本の川を繋いでいた、巨大な地下運河の、今は干上がった底。

そこは、クラブ・ノクターンのような華やかさとは無縁の、武器と、旧世界の通信機だけが置かれた、ストイックな空間だった。

彼は、静かに、琥珀色の液体が入ったグラスを傾けていた。

だが、その目は、ただの酔客のものではない。何かを、じっと、待ち続けている。

10年間、一日も、欠かすことなく。

その時だった。

部屋の隅に置かれた、古びた短波受信機の一つが、不意に、特殊なノイズを発した。

[キ……キ……キキ……]

それは、ただのノイズではない。10年間、彼だけが、待ち続けていた、決起の合図シグナルだった。

ジュリアンは、グラスを置くと、即座に、その暗号の解読を始める。

数分後。彼の目の前のモニターに、短いメッセージが、その全文を現した。

『鷲は、巣に戻る。羊飼いを、集めよ』

―――ランベール大統領が、動いた。

ジュリアンの、虚無感を湛えていた瞳に、10年ぶりに、かつてのGIGN隊長としての、鋭い光が戻った。

彼は、自らが秘密裏に構築していた、独自の通信ネットワークを起動。

それは、企業の監視網も、市警の盗聴も、ノマドのハッキングさえも、決して捉えることのできない、旧世界のゴースト・ネットワーク。

彼は、そのネットワークを使い、ブラックアウト後、散り散りになっていた、信頼できるGIGNの元メンバーたちへ、ただ一言、集合をかけた。

「―――時間だ」

メッセージは、一斉に、廃都の闇へと放たれた。

ラ・コミューンで、子供たちに格闘技を教えていた、巨漢の男。

オートヴィルの企業で、その正体を隠し、幹部の警護をしていた、一人の女。

ラ・フォルジュで、最高の武器職人として、その腕を振るっていた、初老の技術者。

彼らは、それぞれの場所で、その短いメッセージを受け取ると、全てを捨て、闇の中へと、姿を消した。

ジュリアンは、壁に貼られた、フランスの巨大な地図を見据える。

彼の瞳が、一つの場所を、捉えていた。

トゥールーズ宇宙センター。

ランベール大統領が、帰還し、そして、新たなフランス共和国の、最初の旗を立てる場所。

我々が、命を懸けて、確保すべき、聖域。

彼の脳裏に、数週間前の、クラブ・ノクターンでの光景が、ふと、蘇る。

裏社会の王を、たった一人で、葬り去った、娘の姿。

(……あの街で、まだ、あんな無茶な生き方を続けているのか、カミーユ)

ジュリアンは、自嘲気味に、小さく笑った。

娘の心配など、10年前に捨てたはずだった。

彼は、壁に立てかけていた、巨大な対物ライフルを、その手に取った。

個人的な感傷は、捨てた。

今はただ、任務があるだけだ。

カミーユの知らないところで。

廃都の、さらに深い場所で。

もう一つの、戦争が、今、静かに、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ