第三十六話:懸賞首
カミーユは、疲弊しきったコーエン博士に肩を貸し、夜の闇を駆けていた。
背後で鳴り響いていたジグラットの警報は、すでに遠い。だが、それは、嵐の前の、不気味な静けさでしかなかった。
数時間後。
彼らは、生存者共同体『ラ・コミューン』へと、たどり着いた。
見張りの男たちが、カミーユの、そして、見慣れない男の、ずぶ濡れで、傷だらけの姿を見て、息を呑む。
すぐに、ペール・ミシェル市長が、心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「カミーユ君!無事だったか!……そちらの方は?」
「……話は、後で。今は、休ませてほしい」
カミーユは、それだけ言うと、博士を抱え、アヤの『揺りかご』がある、隠れ家へと向かった。
仲間の一人がすぐに博士の体を受け止め、「こっちは任せろ」と頷くと、奥の医療スペースへと運んでいった。
部屋には再び重い沈黙が流れ、カミーユは武器の手入れをしながら、先ほどの戦闘で負った、自らの腕の傷に応急処置を施している。その静寂を破ったのは、けたたましい警告音だった。
壁のスクリーンが、無数の監視映像から、強制的にローカルニュースの速報へと切り替わる。
『こんばんは、マルセイユ・ナイトリーニュースです。緊急速報をお伝えします。本日未明、旧港湾地区の超高層ビル『ジグラット』内部に、何者かが不法に侵入。バスティオン・インダストリーズ社の基幹データサーバーの一部を物理的に破壊しました』
武器を整備していたカミーユの手が、止まる。
『――バスティオン社は、侵入と破壊行為を行った犯人に対し、異例の高額懸賞金を発表しました』
アナウンサーの淡々とした声が、どこか遠くに聞こえる。
画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、監視カメラが捉えた、不鮮明ながらも、カミーユと、コーエン博士の顔写真だった。
そして、二人の首には、莫大な懸賞金がかけられていた。
「……懸賞金だと?」
コンソールを監視していた仲間が、忌々しげに舌打ちする。「街中のハイエナ共が、目の色を変えてお前を探し始めるぞ」
仲間たちを、ハイエナの群れに引きずり込むことになる。
カミーユはポケットから携帯端末を取り出し、コンソールを起動した。暗号化された通信アプリのリストから、ただ一つの名前を呼び出す。
『ウェイ』
事実だけを簡潔に打ち込む。
『ウェイ、ニュースは見たな。とんでもない額の懸賞首になった。すぐにでも潜る必要がある。金の工面は必ずつける。お前たちの縄張りで、誰も嗅ぎつけられないような空きアパートを一つ、手配してくれ』
メッセージを送信する。
即座に、返信があった。
『鴉を仕留めた腕は本物だと証明されたわけだ。だが、今のお前を匿うのは高くつくぞ。街中の目が血眼になってる。……いいだろう。アパートは用意してやる。だが、この借りは、いずれきっちり返してもらう』
メッセージの下に、一つの座標データが添付されている。それだけが、闇の中に浮かぶ光点のように見えた。
彼女は端末の電源を落とした。
視線の先で、仲間たちがコンソールを囲み、険しい顔で言い争っている。
彼らに背を向け、彼女は壁際の自身の装備へと無言で手を伸ばした。




