第三十五話:最後の防衛線
ジグラットの地下に広がる、旧リヨン市の地下水道。
その終着点である、バ=カルティエに繋がる巨大な排水口の前で、カミーユとコーエン博士は、息を殺していた。
出口の向こうからは、廃都の、冷たい夜の空気が流れ込んでくる。自由の匂いだ。
だが、その出口は、死への入り口でもあった。
『カミーユ、出口の上に、重サイボーグが最低でも5体。それに、両脇のビルの屋上に、スナイパーが二人。完全に、射線が作られてる』
アヤの、絶望的な報告が、カミーユの頭の中に響く。
「……ここまで来て、袋のネズミ、か」
博士が、力なく呟いた。
カミーユは、答えなかった。
彼女は、静かに、手にした『モンテ・クリスト』を見下ろす。
そして、博士に、短く告げた。
「博士、私が合図をしたら、あの対岸のビルまで、全力で走れ。何があっても、振り返るな」
「な……何を言っているんだね!?あの弾幕の中を……!」
カミーユは、博士の言葉を聞いていなかった。
彼女は、柱の影から、ゆっくりと銃口を突き出すと、トリガーを、ただ、押し続けた。
[ウィィィィィン……]
『モンテ・クリスト』が、唸りを上げる。銃身側面の、エネルギーゲージが、急速に赤く染まっていく。フルチャージモード。博士から聞いた、最後の切り札。
「……アヤ、援護を」
『……了解!ミメーシスで、スナイパーの視界を、一瞬だけ、焼いてやる!』
カミーユは、息を吸った。
そして、遮蔽物から、身を躍らせた。
「今だ!」
カミーユの叫びと、アヤが、ミメーシスのフラッシュパルスを炸裂させたのは、ほぼ同時だった。
ビルの屋上で、二人のスナイパーが、一瞬だけ、目を焼かれて怯む。
その、コンマ数秒の隙。
カミーユは、フルチャージした『モンテ・クリスト』の引き金を、解放した。
[バババババババババババババババッ!]
それは、もはや、銃声ではなかった。
3点バーストで放たれるクリスタル弾が、10連射、合計30発の弾丸の嵐となって、出口の上のサイボーグ部隊へと殺到する。
カミーユの身体が、凄まじい反動で、大きく後ろにのけぞった。
圧倒的な弾幕が、サイボーグたちの装甲を、遮蔽物ごと、粉砕していく。
何が起きたか理解できないまま、バスティオンの誇る最後の防衛線は、わずか数秒で、ただの鉄屑へと変わった。
そして、銃声が止んだ瞬間、『モンテ・クリスト』の赤い光が、完全に消えた。
オーバーロードによる、強制的な機能停止。数秒間の、ただの鉄の塊。
「行け!」
カミーユは、博士の背中を、強く押した。
二人は、決死の覚悟で、開けた排水口の外へと、飛び出した。
スナイパーたちが、体勢を立て直す。
だが、その銃口が二人を捉える前に、彼らの身体は、廃墟の闇の中へと、転がり込んでいた。
カミーユと博士は、瓦礫の山に身を隠し、荒い息を整えていた。
背後では、ジグラットから、街全体を揺るがすような、けたたましい警報が鳴り響いている。
『……やった……やったよ、カミーユ!』
アヤの、歓喜と、疲労が入り混じった声が、響く。
『ジグラットから、脱出した……!』
カミーユは、機能が回復した『モンテ・クリスト』を、静かに見下ろした。
そして、警報が鳴り響く、黒い巨塔を、振り返った。
「ああ」
彼女は、短く答えた。
「……だが、街の全てが、私たちの敵になった」
彼女は、博士を、そして、アヤを、守り抜かなければならない。
たった一人で。
カミーユの、本当の戦争が、今、始まろうとしていた。




