第三十一話:ゴースト・アンド・ドクター
カミーユは、バラージがいた闇の奥――開かれたままのブラストドアへと、足を引きずりながら進んだ。
一歩、また一歩と、アドレナリンが切れかけた身体が、悲鳴を上げる。だが、彼女は足を止めない。
ドアの向こうに広がっていたのは、彼女がこれまで見てきた、どの廃墟とも違う、異質な空間だった。
巨大な、円筒形の吹き抜け。
その壁面を、床から、闇に消える天井まで、黒いモノリスのようなサーバーラックが、蜂の巣のように埋め尽くしている。
空気は、氷のように冷たく、乾燥していた。聞こえるのは、無数のサーバーの、低い駆動音だけ。
まるで、巨大な機械の、心臓の内部に迷い込んだかのようだった。
「ここが、ジグラットの深層アーカイブ」
カミーユは、その非人間的な光景に、小さく呟いた。
『すごい。ブラックアウト以前の、軍事データが、全部ここに』
アヤの声が、畏怖に震えている。
『ラザロのファイルを探す。でも、何か、変だ』
「何がだ」
『人の気配がする。一人だけ。この部屋の、奥に』
カミーユは、アルバレッテを静かに構え直すと、巨大なサーバーラックの影を縫うようにして、慎重に、奥へと進み始めた。
彼女は、自らの呼吸音さえも殺す。
やがて、一番奥にある、巨大なメインフレームの前に、その人影はあった。
白衣を着た、一人の痩せた男。
彼は、カミーユの存在には気づかず、一心不乱に、目の前のホログラムスクリーンに、数式を書きなぐっていた。
その姿は、まるで、世界の終わりにも気づかずに、研究に没頭する学者のようだった。
カミーユは、物陰から、静かに、その男にハンドガンを向けた。
「動くな」
男の身体が、ビクリと跳ねる。
彼は、ゆっくりと、恐る恐る、こちらを振り返った。
その顔は、長い間の不摂生で、ひどくやつれていたが、その瞳の奥には、まだ、知性の光が宿っていた。
男は、長い間、誰とも話していなかったかのように、ひどく、かすれた声で問いかけた。
「誰だ、君は?」
『嘘。生存者?』
アヤの声が、カミーユの頭の中に、驚愕と共に響き渡る。
『データベースの、削除された人事ファイルと一致!エリアス・コーエン博士!カミーユ、彼が!彼が『ラザロ』の!』
カミーユは、銃口を向けたまま、博士に尋ねた。
「なぜ、ここにいる」
博士は、諦めたように、力なく笑った。
「ここは、私の研究室であり、私の牢獄だよ」
彼は、カミーユが入ってきた、巨大なブラストドアを指差した。
「あの扉は、私では、決して開けることができない。私は、10年間、この部屋から、一歩も出ていない」
その言葉の、絶望的な重みが、カミーユの全身にのしかかる。
自分たちが探していた「データ」の、本当の「ありか」。
それは、サーバーの中ではなく、今、目の前に、生きて、立っていた。




