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Cat's Whiskers  作者: 七日
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第二話:静寂の呼び声

衝撃音が止んだ後、廃都リヨンには、一瞬、完全な静寂が訪れた。まるで街そのものが、今起きた出来事の意味を理解しようと、息を止めたかのようだった。


 タワーの頂上で、カミーユは墜落現場の方角を睨みつけたまま動かない。黒い煙が、テール・モルトの汚染された空へと、巨大な柱となって立ち上っている。


『……カミーユ、聞こえる?』

 アヤの声が、緊張で硬くなっている。

「ああ」

『……どうする?』


 どうする? 賢明なのは、関わらないことだ。だが、カミーユのスカベンジャーとしての勘が、鋭く警告を発していた。自分たちのテリトリーの上空で、メガコーポレーションの最新鋭機が撃ち落とされる。これは、ただ事ではない。何が起きたのかを知ることは、情報として、それ自体が価値を持つ。


 そして何より――とんでもないお宝が、眠っているかもしれない。


「アヤ」

 カミーユは、背中のスリングライフルを握り直した。

「バイクのバッテリー残量は?」

『……満タンだよ。いつでも行ける』


 アヤの声に、かすかな笑みが混じる。最初から、答えは分かっていた。


「現場までの最短ルートを計算してくれ。ただし、市警と鉢合わせするルートは除外」

『了解。……無茶するね、あんたも』

「仕事だ」


 カミーユは、それだけ言うと、タワーの壁面にロープを掛け、夜の闇へとその身を躍らせた。


 テール・モルトは、かつての工業地帯の残骸だった。

 巨大な化学プラントの骨組みが、古代生物の骸のように立ち並び、地面には、正体不明の化学物質が混じった、粘つく汚泥が広がっている。酸の匂いが鼻をついた。


 カミーユは、愛車である電動バイク『フォコン』を駆り、その死の大地を疾走していた。モーターの静かな駆動音だけが、瓦礫の山の間を吹き抜けていく。


 やがて、前方に巨大な黒い影が見えてきた。

 鉄の鯨――それが、墜落した輸送機の第一印象だった。全長100メートルはあろうかという巨体が、プラントの反応炉に突き刺さり、周囲に無数のコンテナを撒き散らしている。

 熱を持った金属が、パチパチと音を立てて爆ぜる以外、そこには何の音もなかった。異様なほどの静寂が、この場所を支配していた。


『……生存者信号、ゼロ。……高レベルのサイバネティック反応も、今のところは無し』

 アヤが、ミメーシスのスキャン結果を報告する。

「まだ、誰も来ていないのか」

『みたいだね。嵐の前の静けさ、ってやつじゃなければいいけど』


 カミーユはバイクを降り、物陰に隠すと、双眼鏡で慎重に残骸を観察した。

 機体の損傷は、胴体中央部に集中している。事故によるものではない。


「……まるで、解体だ」

『うん。複数の、高エネルギー兵器による攻撃。……こんな真似ができるのは……』


 ランカー。その言葉を、二人は口にしなかった。

 カミーユは、アヤがミメーシスで周囲の安全を確認した後、裂けた機体の開口部から、内部へと侵入した。


 中は、凄惨な光景だった。

 非常灯が明滅する暗い通路に、バスティオン社の制服を着たクルーたちの亡骸が転がっている。


 カミーユは、彼らの装備には目もくれず、積荷が積載されていたカーゴベイへと進む。

 ほとんどのコンテナは、衝撃で破壊され、中身をぶちまけていた。ありふれた兵器や、電子部品の類だ。

 だが、その中央に、一つだけ。

 異様なほど分厚い複合装甲と、見たこともない複雑なロック機構で守られた、黒いコンテナが、鎖に繋がれたまま鎮座していた。その表面には、どの企業のロゴも刻印されていない。


『……カミーユ、これだ』

 アヤの声が、確信に満ちていた。

「開けられるか?」

『……試してみる。このロック……見たことない。量子暗号化されてる……?』


 アヤが、ミメーシスをコンテナに接続させ、ハッキングを試みる。カミーユは、アルバレッテのケースを背負い直し、周囲を警戒した。

 静寂が、重くのしかかる。


 その時だった。


『……カミーユ、まずい。このコンテナ、ただの箱じゃない』

 アヤの声が、恐怖に震える。

『……微弱な信号を発してる。暗号化された、短いパルス信号……。墜落した瞬間に、起動してる。これは、救難信号なんかじゃない……。誰かを、あるいは"何か"を、ここに呼び寄せるための、目覚まし時計アラームだ』


 その言葉を最後に、コンテナが、カチリ、と小さな音を立てた。

 信号の発信が、止まった。


 アヤが、絶望的な声で告げる。

『……手遅れ。……もう、呼ばれちゃった』


 カミーユは、静まり返った鉄の鯨の中で、コンテナに手を置いたまま、ゆっくりと目を閉じる。


 まだ、敵の姿はどこにもない。

 その気配だけが、肌を刺すように感じられた。

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