第二十五話:硝子の目
カミーユは、壁に背を預け、息を潜めた。
選んだ最短ルートは、冷たい蛍光灯に照らされた、遮蔽物のない一本の廊下だった。そして、その側面には、床から天井まで届く巨大な強化ガラスが嵌め込まれている。硝子の向こうは、この区画の心臓部である警備室だ。
内部では、二人の警備兵が椅子に座っていた。一人は、壁一面に並んだ監視モニターの群れを睨みつけ、もう一人は、時折モニターに目をやりながらも、主に廊下側を警戒している。彼らの視線は鋭く、地下ドックを巡回していた無感情なサイボーグとは明らかに違う、生きた脅威がそこにはあった。
この数十メートルの廊下を、気づかれずに渡りきる。難易度は極めて高い。
「アヤ、援護を」
カミーユは、思考だけで通信を送る。
「あの窓の向こう、2名。二人とも、モニターに釘付けにさせろ」
『……了解。ちょっと派手にいくよ!』
アヤの、楽しげですらある声が応える。
『セクターガンマで、ボヤ騒ぎを起こす!』
次の瞬間、警備室の壁のモニターの半分が、けたたましい警告音と共に、赤く点滅し始めた。
「なんだ!? セクターガンマで、複数の熱源反応を検知!」
「冷却システムに異常か!? クソッ、この間のメンテで直したはずじゃ…!」
モニターを監視していた警備兵が、慌ただしくコンソールを叩き始める。廊下を警戒していたもう一人も、即座に彼の背後へ回り込み、モニターの情報を覗き込んだ。
二人の意識が、完全に廊下から逸れた。
――今だ。
カミーユは、壁に張り付くようにして、音もなく駆けだした。
身体を極限まで低くし、警備兵たちの死角となっている壁際を、影のように滑っていく。
あと数メートルで硝子の範囲を抜けられる、その時だった。
「いや、待て……このパターン、まさか……」
警備兵の一人が、何かに気づいたように、ふと、廊下へと振り返ろうとする。
カミーユの全身の筋肉が凍り付く。
『――遅いっ!』
アヤのコマンドが、警備システムのさらに深層を叩く。
警備室のメインスクリーンに、最優先の緊急指令が、強制的に表示された。
【警告:システム管理者権限による、セクターガンマの強制ロックダウンが実行されました】
「なっ……! ロックダウンだと!?」
「誰がやった!?」
警備兵たちの注意は、再び完全にモニターへと引き戻された。
その一瞬の隙を突き、カミーユは廊下の端にある次の通路へと、身を滑り込ませることに成功した。
「……クリア。助かった」
壁に背を預け、荒くなりかけた呼吸を整えながら、カミーユは呟いた。
『どういたしまして。でも、今のハッキングで、このセクターのシステム管理者に、微弱な異常を検知されたかもしれない』
アヤの声に、いつもの軽口とは違う、焦りの色が混じっていた。
『バラージに報告がいく前に、先を急ぐよ!』
カミーユは頷くと、目の前にそびえる、重厚なブラストドアを見据えた。
警備室の先にある、次の関門だ。
ゆっくりと、しかし着実に、敵の支配領域の奥深くへと、彼女は侵入していく。




