第二十四話:鉄の血管
無機質なメンテナンス用エレベーターのドアが、音もなく背後で閉じる。狭い箱の中は、オイルと埃の匂いが混じり合った、淀んだ空気が漂っていた。束の間の、息が詰まるような静寂。
『エレベーター内の監視カメラは、一時的に映像をループさせてる。数分だけだけど、一息つけるね』
アヤの声が、緊張をほぐすように響いた。
『でも、次のフロアはもっと厄介だよ。バラージの奴、生体認証センサーも使ってる。あんたの心拍や呼気に反応するかもしれないから、呼吸をできるだけコントロールして』
「分かっている」
カミーユは短く答え、装備のチェックをしながら、アヤが表示する次のフロアの簡易マップを頭に叩き込む。
チン、と軽い電子音が鳴り、エレベーターが目的のフロアに到着した。
ドアが開くと、そこは地下ドックの広大な空間とは全く異なる、迷路のようなメンテナンス通路だった。無数のパイプが壁や天井を血管のように走り、時折、バルブから高温の蒸気が噴き出している。ゴウン、ゴウン、と、まるで巨大な生物の心臓の鼓動のような、低い機械音が絶えず響いていた。
『この音と蒸気は、隠れるのには好都合だ。センサーの精度を鈍らせるからね。ルートを更新する。ついてきて』
アヤの指示に従い、カミーユはパイプの影を縫うようにして、鉄の迷宮を進んでいく。熱、音、そして振動。全てが、五感を鈍らせる。ここでは、アヤのナビゲーションだけが頼りだった。
しばらく進んだところで、カミーユは足を止めた。通路の先から、人の話し声が聞こえる。
「……昨日のメンテ、本当に終わってるんだろうな」
「さあな。どうせ俺たちは、言われたことをやるだけだ」
バスティオン社の技術者か、あるいは警備兵か。二人組が、工具箱を片手に、こちらに向かって歩いてくる。
サイボーグとは違う、予測不能な人間の動き。ここで見つかるわけにはいかない。
カミーユは即座に身を翻し、頭上の最も太いパイプに飛びついた。そのまま、腕の力だけで身体を支え、通路の天井の暗がりに身を潜める。
数秒後、二人の男が、雑談をしながらカミーユの真下を通り過ぎていった。彼らが、頭上に潜む死の気配に気づくことはない。
男たちの足音が遠ざかったのを確認し、カミーユは静かに床に降り立った。
『ナイス、カミーユ。心拍数、全然上がってなかったよ。あんた、本当に人間?』
アヤが、冗談めかして言う。
『……カミーユ、分岐点だ』
アヤの声が、真剣なトーンに戻る。
『右はメイン通路。警備室の真横を通るけど、最短ルートだ。左は、古い換気シャフト。狭くて不安定だけど、人には会わない。どっちもリスクがある。どうする?』
カミーユは、一瞬だけ思考を巡らせた。そして、迷いなく答える。
「……右だ。最短ルートを行く」
彼女は、メイン通路の角から慎重に顔を覗かせた。
その先には、煌々と明かりが灯る、警備室の監視窓が、冷たい光を放っているのが見えた。




