第二十三話:バラージの領域
ひんやりとした空気が、銀色の耐熱服に張り付く。先ほどまでの灼熱が嘘のように、カミーユの周囲には静寂と、巨大な機械だけが満ちていた。
そこは、ジグラットの最下層に位置する、全自動化された地下ドックだった。天井まではるか高く、何百ものコンテナが整然と積み上げられている。時折、巨大な自動クレーンが音もなく頭上を滑り、コンテナを掴んでは、闇の向こうへと運んでいく。人の気配は、どこにもなかった。
『……気をつけて、カミーユ。このドック全体が、バラージの狩場だ』
アヤの緊張した声が、思考に直接響くように聞こえる。
『床と壁に、無数のセンサーが埋め込まれてる。それと、監視カメラ。5秒間隔で、全方位をスキャンしてるから、同じ場所に留まらないで』
カミーユは、アヤが視界にオーバーレイで表示するセーフゾーンを辿りながら、巨大なコンテナの影から影へと、音もなく移動する。まるで、鋼鉄の森に迷い込んだ小動物のようだった。
『……! ストップ!』
アヤの鋭い声に、カミーユはコンテナの隅に張り付くようにして動きを止めた。
『パトロールが来る。……重サイボーグ、3体。こっちに向かってる』
数秒後、闇の向こうから、地響きのような重い足音が聞こえてきた。
ズシン……ズシン……。
コンクリートの床を規則正しく踏みしめる音と共に、三体の巨大な影が現れる。人間を二回りは大きくしたような、無骨な鋼鉄の身体。その腕は、人間が到底扱えないような、巨大なガトリングガンやレールガンに換装されている。頭部には、昆虫の複眼のように、複数の赤いセンサーが不気味な光を明滅させていた。
バラージの私兵部隊だった。
カミーユは、息を殺して彼らが通り過ぎるのを待つ。
三体のサイボーグは、一糸乱れぬ動きでドックを進んでいく。感情も、思考も感じられない。ただ、プログラムされたルートを巡回し、侵入者を排除するためだけの、殺戮機械。
そのうちの一体が、不意に立ち止まった。
そして、その複眼のセンサーを、カミーユが隠れているコンテナの方へと向けた。
『……! ヤバい、サーマル(熱源)センサーに反応したかも! スーツの冷却機能だけじゃ、完全に熱を消しきれてない!』
アヤの焦った声が響く。
赤い光が、カミーユの隠れるコンテナの表面を、ゆっくりと舐めるようにスキャンしていく。あと数センチ横にずれていれば、発見される。心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
『……今だ!』
アヤが、何かのコマンドを実行する。
カミーユのいる場所から50メートルほど離れた区画で、コンテナを運ぶクレーンの一つが、ガシャン!と大きな音を立てて、荷物を荒々しく下ろした。
サイボーグの注意が、一斉にそちらへ向く。
赤いセンサーが、音のした方角をスキャンし、異常がないことを確認すると、再びプログラムされたルートへと戻っていった。
ズシン……ズシン……。
やがて、重い足音は闇の中へと遠ざかっていった。
『……ふぅ。危なかった……。クレーンの制御、ハッキングしておいて正解だったよ』
安堵のため息をつくアヤに、カミーユは小声で応えた。
「助かった。……だが、次はないと思え」
「『次』がないように誘導するのが、私の仕事でしょ』
アヤは、いつもの調子で言い返す。
『よし、今のうちに、先のメンテナンス用エレベーターまで移動するよ。第一関門は、なんとかクリアだね』
カミーユは、サイボーグたちが消えた闇を油断なく見据えながら、再びコンテナの影を滑るように移動し始めた。
まだ、狩場の入り口に立ったに過ぎない。




