第二十二話:プラズマの奔流
ジグラットの基底は、それ自体が一つの工業都市だった。絶えず唸りを上げる機械音、オゾンと灼けた金属の匂い、そして、夜空を醜く照らし出す無数の警告灯。人の住む場所ではない。機械のための領域だ。
カミーユは、その領域の片隅、教授が示した「最も汚い裏口」――プラズマ廃棄物処理施設の排熱ダクトの前に立っていた。直径数十メートルはあろうかという巨大な円形のダクトが、奈落のような口を開けている。ゴウ、と地鳴りのような音を立てて、深淵の底から超高温の空気が吹き上げてきていた。
『……すごい熱量。スーツなしじゃ、この距離でも立っていられないね』
アヤの声が、通信機越しに響く。彼女自身は、ここから数キロ離れたセーフポイントで、全ての作戦支援を行っている。カミーユの目の前には、強化されたドローン『ミメーシス』が静かに浮遊しているだけだ。
「時間がない。始めるぞ」
カミーユは短く応じると、ミメーシスの下部から伸びたワイヤーハーネスを、自身の耐熱服に接続した。ミシェルから受け取った銀色のスーツが、ダクトから漏れ出す赤熱した光を鈍く反射する。
『いつでもいいよ、カミーユ。ミメーシスのホバーユニット、出力は安定。あんたを吊り下げて、垂直に150メートル降下する』
「頼む」
次の瞬間、カミーユの身体がふわりと浮いた。ミメーシスが、一切の揺れなく彼女を吊り上げ、巨大なダクトの真上へと移動する。眼下には、地獄の釜のように赤く染まった闇が広がっていた。
『降下開始』
アヤの合図と共に、カミーユの身体はゆっくりと奈落へと沈んでいく。
熱い。息が詰まるほどの熱波が、スーツ越しにでも伝わってくる。ダクトの内壁を、溶鉱炉のように真っ赤に輝くプラズマの奔流が、時折、滝のように流れ落ちていた。
『――カミーユ、気をつけて!7時方向、50メートル先!定期的なパージが来る!』
アヤの警告と同時に、眼下の闇が一層強く輝いた。
ゴオオオオオッ!
凄まじいエネルギーの波が、濁流となって真下から吹き上げてくる。
「アヤ!」
『掴まって!ミメーシスの出力、最大!』
ミメーシスが、暴風の中の小鳥のように激しく揺さぶられる。ワイヤーが悲鳴を上げ、視界が赤と黒に明滅した。カミーユは、ハーネスを固く握りしめ、全身の筋肉を強張らせて衝撃に耐える。数秒が、永遠のように感じられた。
やがて、嵐が過ぎ去る。
『……なんとか、耐えた。ユニットにも異常なし。……大丈夫、カミーユ?』
息を切らしたアヤの声が聞こえる。
「……問題ない。さすがはリュミール社製だな」
カミーユは、平然と答えた。その声に、恐怖の色は微塵もなかった。
『目標深度まで、あと30メートル……見えた!地下ドックへの接続口!』
闇の中に、ぽっかりと開いた横穴が見える。そこだけが、この灼熱地獄からの唯一の出口だった。ミメーシスが巧みに機体を制御し、カミーユをその横穴へと導いていく。
やがて、カツン、と乾いた音がした。
カミーユのブーツが、ジグラットの床を、初めて踏みしめた音だった。
彼女はハーネスを切り離すと、背後のプラズマの奔流を振り返りもせず、内部へと一歩、足を踏み入れた。ひんやりとした金属の床の感触が、ブーツの裏から伝わってくる。
ここから先は、ランカー『バラージ』の支配領域だ。
通信機から、アヤの緊張した声が聞こえてきた。
『……ようこそ、ジグラットへ。歓迎の準備は、あんまり良くないみたいだけどね』




