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Cat's Whiskers  作者: 七日
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第十五話:狙撃手

『紅龍団』の拠点は、バ=カルティエの中でも、ひときわ異質な空気を放っていた。

 旧中華街。ブラックアウトの際に隔絶され、移民たちが自らの手で作り上げた、小さな独立国家。色褪せた赤い提灯が雨に濡れ、中国語とフランス語が混じり合ったホログラム看板が、明滅を繰り返している。

 カミーユは、フォコンを路地の奥に隠すと、単身、彼らの本拠地である、巨大なレストランの廃墟へと向かった。


 入り口では、ショットガンやサブマシンガンで武装した、屈強な男たちが、彼女の行く手を阻む。

「止まれ。这里チョーリー、我々の土地だ」

「リーダーのウェイに会いに来た」

 カミーユは、静かに告げた。

 男たちは、値踏みするように彼女を睨みつける。生身の、しかも、小柄な女。

 だが、その背負われた『アルバレッテ』の異様な存在感は、彼女がただの人間ではないことを、雄弁に物語っていた。

「……『ベリエ』をスクラップにした女、か」

 男の一人が、呟く。噂は、すでにこの街の隅々にまで届いていた。

「……通せ。ウェイ様が、お待ちだ」


 カミーユは、レストランの奥、かつては豪華なVIPルームだったであろう部屋へと案内された。

 部屋の中央では、一人の若者が、静かに、ホログラムの碁盤を挟んで、自分自身と対局していた。

 ウェイだ。

 彼は、高価そうなシルクのシャツの上に、弾薬ベストを羽織っていた。その整った顔立ちは、まだ若さを残しているが、その瞳は、この廃都で生き抜いてきた者だけが持つ、老獪な光を宿していた。

 そして、彼の背後の壁には、まるで美術品のように、一本の、旧式なボルトアクション・ライフルが飾られていた。


「……カミーユ・ヴァラン、だったか」

 ウェイは、碁石を一つ置くと、顔を上げて言った。「何の用だ?」

「リュミエールから奪った、ホバーユニットが欲しい」

 カミーユの、あまりに直接的な言葉に、ウェイの眉が、わずかに動いた。

 彼は、面白そうに、口の端を吊り上げた。

「ほう。リュミエールの最新型プロトタイプだぞ。その価値が、分かっているのか?」

「だから、ここに来た」

「対価は?お前は、俺に何を差し出せる?」

 カミーユは、黙って、自らの胸を指差した。

「私だ。私の腕を、お前に貸す」


 ウェイが、その言葉の意味を問い返そうとした、その瞬間。

[キィン!]

 甲高い金属音と共に、部屋の強化ガラスに、小さな穴が空いた。

 ウェイの背後に立っていた、部下の一人の眉間から、火花が散る。彼は、声も上げずに、その場に崩れ落ちた。

「なっ!?」

「襲撃だ!」

 ウェイが、即座にテーブルの影に身を隠す。

 カミーユもまた、床を転がり、柱の影へと飛び込んだ。


[キィン!キィン!キィン!]

 立て続けに、部屋のあちこちから、同じ音が響き渡る。

 電磁加速された弾丸が、音速を超えて、寸分違わず、ターゲットの急所だけを撃ち抜いていく音。外では、紅龍団の兵士たちの悲鳴が上がり始めていた。

「クソッ!どこからだ!?」

 ウェイが悪態をつく。

『カミーユ、見つけた!』

 アヤの声が、カミーユの耳にだけ届く。

『向かいのビルの屋上、7時の方向!……でも、すごい勢いで移動してる!狙撃ポイントを、次々と変えてるんだ!』

「……ランカーか!」

 ウェイが、歯ぎしりした。「リュミエールの犬め、俺たちの獲物を、取り返しに来やがったか!」


 カミーユは、即座に状況を判断した。

 このままでは、ジリ貧だ。敵は、超一流のスナイパー、『フェソー』。こちらの位置は、完全にバレている。

 彼女は、絶望的な状況の中、ウェイに叫んだ。

「お前の部下に、ありったけの煙幕を焚かせろ!そして、あのビルに向かって、制圧射撃を!」

「何だと!?お前に、命令される筋合いは……!」

「死にたくなければ、やれ!」

 カミーユの有無を言わせぬその気迫に、ウェイは一瞬、言葉を失った。

 だが、彼は、この状況を打開できるのが、目の前の女しかいないことを、瞬時に理解した。

「……分かった!」


 彼は、部下たちに、中国語で怒鳴り始めた。

煙幕イエンウーを使え!あのビルを撃ちまくれ!クァイ!」

 次の瞬間、レストランの外で、いくつもの発煙弾が炸裂し、あたりは、濃い煙に包まれた。紅龍団の銃火器が、一斉に、向かいのビルに向かって、火を噴き始める。


 カミーユは、その、わずかに生まれた隙を突き、ウェイの背後の壁へと駆け寄った。

 そして、飾られていた、旧式のライフルを、その手にとった。

「おい、それは俺の……!」

「借りるぞ」

 カミーユは、ライフルのボルトを引き、薬室を確認する。旧式の、しかし、よく手入れされた7.62mm弾。

 彼女は、煙幕が晴れかかった、ほんの一瞬の隙間から、向かいのビルを睨んだ。

 移動する、フェソーの姿を捉える。


 アヤが、ミメーシスを使って、風速と、湿度と、弾道を計算し、その結果を、カミーユの意識に直接、送り込んでくる。

 カミーユは、息を止めた。

 そして、引き金を引いた。

[ズドン]という、時代遅れの轟音。

 放たれた弾丸は、夜の闇を切り裂き、数百メートル先の、フェソーが構える電磁加速式ライフルの、特殊なスコープのレンズだけを、完璧に撃ち抜いた。


 静寂が、戻った。

『……目標のシグネチャ、急速に離脱していく。……撤退したみたいだね』

 アヤの、安堵のため息が聞こえる。

 ウェイは、信じがたいものを見る目で、カミーユと、彼女が手にした古いライフルを、交互に見つめていた。

 やがて、彼は、満足げに、そして、獰猛に、笑った。

「……面白い女だ」

 彼は、部下に、例のホバーユニットを持ってこさせると、カミーユの前に置いた。

「くれてやる。だが、タダじゃない」

 ウェイは、カミーユの目を、真っ直ぐに見据えた。

「その腕があるなら、奴を殺せるかもしれんな」

「俺のボス――『ル・コルボー』の首と、引き換えだ」

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