第十四話:龍の巣
『ジグラット』。
バスティオン社の本拠地である、その黒い巨塔の名を、カミーユは静かに反芻していた。
ラ・コミューンの隠れ家。彼女とアヤは、『ル・プロフェスール』から得た、断片的な設計図をホログラムで投影し、侵入ルートの策定を続けていた。
『……ここだ』
アヤが、プラズマ廃棄物処理場の、ある一点を拡大する。
『この巨大な排熱ダクトを使えば、タワーの地下ドックまで、警備網をバイパスして到達できる。でも……』
画面に、警告を示す赤いラインが重なる。
『……ダクトは垂直に、数百メートル続いている。しかも、内部には重量センサー付きの自動タレットが複数。……今のミメーシスじゃ、カミーユを吊り下げて静かに降下するのは、不可能だよ。もっと、強力で、精密なホバリング・ユニットが必要になる』
「……心当たりは?」
カミーユが尋ねる。
『……軍用のプロトタイプ級となると……並の店じゃ扱ってない。……いるとしたら、重火器専門の、あの男くらいかな』
カミーユは頷くと、音もなく立ち上がった。
行き先は、決まった。
バ=カルティエ東岸地区。
「肉屋」の愛称で呼ばれるフィクサー、『ル・ブーシェ』の店は、旧屠殺場を改造した、血とオイルの匂いが混じり合う場所にあった。
カウンターの奥で、巨大な義手で肉塊を捌いていたブーシェは、カミーユの姿を見ると、その金属の歯を剥き出しにして笑った。
「ほう、噂の女のお出ましとはな。あのベリエをスクラップにしたって話は、本当らしいな。で、そんな大物が、俺みてえな『肉屋』に何の用だ?」
ブーシェは、カミーユの腕を認めてはいるが、まだ彼女を完全には信用していない。探るような視線を向けてくる。
「軍用のホバーユニット。プロトタイプ級の」
カミーユは、単刀直入に用件を告げた。
ブーシェの動きが、一瞬止まる。
「……へっ。そいつはまた、とんでもない代物を探しちゃいるな」
彼は、肉を捌くのをやめ、カミーユをじっと見据えた。
「そんな希少品、表には出回っちゃいねえ。……だが、一つだけ、心当たりがある」
彼は、汚れた指で、端末を操作した。
「先日、ウェイの『紅龍団』が、リュミエールの研究開発用の輸送車を襲撃した。奴らが、そのお宝を手に入れたという噂だ」
「ウェイ……」
カミーユは、その名を口の中で転がした。紅龍団の、若きリーダー。野心的で、そして、切れる男。
「ああ。だが、気をつけな」と、ブーシェは忠告した。「今のウェイは、ちと厄介なことになってる。親玉である『ル・コルボー』に睨まれてて、かなり気が立ってるらしい。ただで渡すようなタマじゃねえぞ。下手をすりゃ、あんたも食われる」
「情報に感謝する」
カミーユは、それだけ言うと、踵を返した。
ブーシェが、背後から、面白がるような声を投げかける。
「おいおい、龍の巣に、一人で乗り込む気かい?死ぬぜ?」
カミーユは、振り返らなかった。
隠れ家へと戻り、ブーシェから得た情報をアヤに伝える。
スピーカーの向こうで、アヤが息を呑んだ。
『……ウェイと、直接交渉するってこと?危険すぎるよ!』
「だが、道はそれしかない」
『……分かってる。分かってるけど……!』
カミーユは、静かに、壁に立てかけていた『アルバレッテ』を手に取った。
その無骨な弩が、今の彼女の決意を、何よりも雄弁に物語っていた。
「行くぞ、アヤ」
『……うん。龍の巣へ、だね』
アヤの声は、震えていたが、その中には、カミーユと同じ、確かな覚悟が宿っていた。
バスティオンという、黒い巨人を狩るために。
カミーユはまず、猛る龍の顎の中へと、自ら足を踏み入れようとしていた。




