第十三話:亡霊の言葉
貨物用リフトが、地上階に到着する。
扉が開くと、そこは、戦場から数キロ離れた、人気のない路地だった。酸性雨が洗い流したアスファルトが、鈍い光を放っている。
カミーユは、疲労の滲む身体を引きずりながら、リフトを降りた。
モレルとの戦闘で負った打撲が、全身で熱を持っている。ブーツも、緊急加速の代償で、しばらくは再チャージが必要だろう。
『……カミーユ……。大丈夫……?』
無線機から、アヤの、心配そうな声が聞こえる。
「ああ。問題ない」
カミーユは、短く答えると、隠しておいた愛車『フォコン』へと向かった。
彼女が今、真っ先に向かうべき場所は、一つしかなかった。
『ル・プロフェスール』の地下アーカイブは、相変わらず、古びた紙の匂いと、サーバーの駆動音に満ちていた。
カミーユがよろめきながら入ってくると、教授は、読んでいた本から顔を上げ、その姿を一瞥した。
「……ひどい有様だな。だが、生きてはいるようだ」
彼は、カウンターの奥から、医療キットと、一杯の蒸留水を差し出した。
「ノマドの連中も、無事、撤退できたと、連絡があったよ。君のおかげだ、とサシャが」
カミーユは、無言で水を受け取ると、一気に飲み干した。そして、自らの腕の傷に応急処置を施しながら、教授に告げた。
「ノマドと話がしたい。すぐに」
「……少しは休んだらどうだね」
「時間がない。約束通り、キーを使った対価だ」
カミーユの、有無を言わせぬその言葉に、教授は、やれやれという顔で肩をすくめた。
彼は、預かっていた『ケルベロス・キー』を自らのターミナルに接続し、ノマドとの、安全な通信回線を開いた。
やがて、彼の目の前のホログラムに、ノイズと共に、一つの顔が浮かび上がった。
銀色の髪、そして、液体のように明滅するサイバーアイ。サシャだ。
『……カミーユ』
サシャの声は、穏やかだった。
『君には、大きな借りがある。そして、我々の同胞……アヤを、守ってくれたことにも、感謝する』
「貸し借りは無しだ。取引がしたい」
カミーユは、単刀直入に切り出した。
「『プロトコル・ラザロ』の情報を、全て教えてほしい。キーの対価として」
サシャは、しばらく沈黙した。
『……我々が持つ情報も、断片的なものだ。だが、それでもいいのなら』
彼女は、頷いた。
『『ラザロ』の、技術的な設計図の大部分は、我々の追跡によれば、バスティオン社の本拠地、『ジグラット』の深層アーカイブに保管されている可能性が、極めて高い』
『ジグラット……!』アヤが息を呑む。
「なぜ、バスティオンに?」
『『ラザロ』は、元々、EACが開発していた軍事技術だ。ブラックアウトの混乱の中、その研究データや人員の多くを、軍事部門に強いバスティオンが接収したのだろう』
サシャは、続けた。
『だが、潜入は、不可能に近い。あの塔は、物理的にも、電子的にも、完璧な要塞だ。……無謀だ、カミーユ』
「その無謀を、可能にするのが、私の仕事だ」
カミーユの言葉に、サシャは、それ以上、何も言わなかった。
『……分かった。取引成立だ。キーは、君たちの自由に使ってくれ。……カミーユ。もし、君が、あの塔から生きて戻れたなら……その時は、アヤと、直接、話をさせてほしい』
「……ああ。約束する」
通信が、切れた。
カミーユは、教授へと向き直った。
「ジグラットへの、侵入ルートは?」
「自殺行為だとは、言わんのかね」と、教授は、やれやれという顔で肩をすくめた。
「だが……君なら、あるいは、と思う自分もいる」
彼は、新しい地図データを、カミーユの端末に送った。
「あの黒い要塞の、分厚い装甲を突破できる可能性があるとすれば、正面からではない。……裏口からだ。それも、最も汚い、裏口からな」
地図が指し示していたのは、テール・モルト地区。
あの、鉄の鯨が墜落した、戦場の、さらに奥。
バスティオン社が、街の全ての廃棄物を処理するために使う、巨大な「プラズマ廃棄物処理場」だった。
「奴らの『ゴミ箱』から、神殿に忍び込む、というわけか」
カミーユは、自嘲気味に呟いた。
「……いかにも、私らしい」
彼女は、教授に短く礼を言うと、新たな戦場へと、その身を翻した。
黒い要塞への挑戦が、今、始まろうとしていた。




