第十二話:地下からの脱出
「彼女を、ここから、生きて脱出させるぞ!」
サシャの命令が、ノマドの通信網に響き渡った瞬間、戦場の空気が変わった。
それまで、RAIDの猛攻にただ耐えるだけだったノマドの兵士たちが、統率された、極めて攻撃的な部隊へと変貌したのだ。
「陽動を開始!アルファチームは、Bポイントへ!」
「敵のセンサーをハッキングしろ!視界を奪うんだ!」
彼らの動きは、もはや単なるゲリラではない。一点の目的――カミーユという「ゴースト」を、この包囲網から脱出させる――のために、完璧に連携する特殊部隊そのものだった。
ノマドのハッカーたちが、市警の通信網に熾烈なサイバー攻撃を仕掛け、彼らの視覚センサーに、偽の敵影やノイズを映し出す。RAIDの統率が、わずかに乱れた。
『カミーユ!』
サシャの声が、カミーユの通信機に直接、クリアに届いた。妨害は、もうない。
『西の第三トンネルへ向かえ。旧式の貨物用リフトがある。そこから地上へ出られる』
「分かった」
カミーユは、短く答えると、ノマドが作り出した援護の弾幕の中を、リフトへと向かって走り出した。
だが、その進路上に、黒鉄の巨体が立ちはだかった。
それは、先ほどまで部隊を指揮していた、オーギュスト・モレルだった。だが、その姿は、先ほどとは全く異なっていた。
彼は、RAID部隊にのみ配備されている、旧EAC製の小型パワードアーマー『ヴォーバン』を装着していた。剥き出しのピストンと、分厚い装甲が、彼の憎悪を具現化したかのような、禍々しいシルエットを作り出している。
「見つけたぞ、ゴースト……!」
スピーカー越しの、歪んだ声が響く。
「貴様のようなネズミ一匹のために、これを使わせるとはな……!光栄に思うがいい!」
パワードアーマーが起動。両腕に搭載されたミニガンと、肩部の小型ミサイルが、一斉に火を噴く。
狭い地下通路は、一瞬で、爆炎と弾丸が吹き荒れる地獄と化す。
カミーユは、柱の影に身を隠し、反撃の機会を窺うが、その圧倒的な弾幕の前に、身動きが取れない。
ミニガンが、弾切れか、オーバーヒートで一瞬だけ停止した。
その、コンマ数秒の隙。
カミーユは、ブーツの『ラピッド・ストライク』を起動。
彼女は、後退するのではなく、逆に、パワードアーマーに向かって、一直線に突撃する。
「愚かな!」
モレルが、アーマーの巨大な腕で、カミーユを叩き潰そうと振り下ろす。
その腕が振り下ろされる、まさにその瞬間。
カミーユは、勢いを殺さずに、突進してくるパワードアーマーの肩口に片手を突き、それを踏み台にした。
彼女の身体は、美しい弧を描き、アーマーの頭上を、まるでアクロバットのように飛び越え、その背後に、音もなく着地した。
「なっ……!?」
ありえない光景に、モレルの反応が一瞬、遅れる。その隙に、カミーユは、貨物用リフトへと滑り込んでいた。
「待てぇっ!」
リフトの分厚い鉄の扉が閉じていく。その向こうで、モレルが巨体を反転させ、再びミニガンを乱射するが、その弾丸は虚しく扉に弾かれる。
扉が完全に閉まり、絶対的な静寂が訪れるはずだった、その瞬間。
モレルの足元で、カチリ、と、場違いなほど小さな音がした。
彼が、訝しげに視線を落とした先には、見慣れたEAC製の手榴弾が、一つ、転がっていた。ピンが、抜かれている。
「―――!?」
[ドオン!]という爆発音。
アーマーを破壊するには至らない。だが、その脚部の関節を破壊し、動きを止めるには、十分すぎる一撃。
リフトが上昇を始める中、カミーユが最後に聞いた音は、動けなくなった鉄の棺桶の中から響き渡る、モレルの、獣のような、怒りと屈辱に満ちた絶叫だった。
リフトが、轟音と共に、地上へと上昇していく。
扉の隙間から、最後に、コマンド・チェアに座るサシャの姿が、モニター越しに見えた。
『……行け、カミーユ』
サシャの声が、通信機から聞こえる。
『……そして、アヤを……頼んだぞ』
その声は、指導者としてではなく、一人の、妹を案じる姉の声に聞こえた。
「……ああ」
カミーユは、短く答えた。




