第十一話:三つ巴の罠
「……お前が、彼女を囚えているのか?」
サシャの、温度のない声が、静寂を切り裂いた。
二人のノマド兵士が構える、サブマシンガンの銃口が、寸分違わずカミーユに向けられている。通信は遮断され、アヤからのサポートは期待できない。
絶体絶命。
だが、カミーユの表情は、変わらなかった。
彼女の思考は、恐怖ではなく、冷静な状況分析に支配されていた。
(……敵は、三人。部屋は、狭い。突撃すれば、一人目は倒せる。だが、二人目に撃たれて終わりだ。交渉の余地は……)
「私は、誰も囚えていない」
カミーユは、静かに言った。
「アヤの意志で、私はここにいる」
「意志だと?」サシャは、嘲笑うかのように、首をわずかに傾けた。「10年間、我々の呼びかけに一切答えなかった彼女に、意志など残っているものか。お前のような者が、彼女のデータを弄んでいるに過ぎない」
サシャにとって、アヤは、救い出すべき「聖遺物」。
カミーユは、それを汚す「異物」。
対話は、決裂しようとしていた。
その瞬間だった。
[ウウウウウウウウッ!]
駅全体に、けたたましい侵入警報が鳴り響いた。
コマンド・チェアに、いくつもの警告ウィンドウが、赤く点滅する。
「サシャ!地上口が、破られました!」
「敵性反応、多数!……市警の連中だ!RAIDだ!」
兵士の一人が叫ぶ。
サシャのサイバーアイが、急速に戦術マップを映し出した。
『……モレル……!あの猟犬、我々の隠れ家を……!』
[ドゴオオオオオン!]
凄まじい爆発音が、地下深くまで響き渡り、部屋全体が激しく揺れた。市警の特殊介入部隊「RAID」が、強引に駅の隔壁を爆破したのだ。
銃声と、兵士たちの怒号が、急速にこちらへ近づいてくる。
「突入!RAID、前へ!廃都のネズミどもを、根絶やしにしろ!」
モレルの、憎悪に満ちた声が響き渡る。
サシャの意識は、完全に、外部の敵へと切り替わった。
彼女は、カミーユを一瞥した。その瞳に、敵意と、そして、かすかな打算が浮かぶ。
「……面白い。運命は、君に、ここで『証明』する機会を与えたようだ」
サシャは、兵士たちに命じた。
「その女の武装は解くな。……死にたくなければ、我々と共に戦え。君の力が、本物かどうか、この目で見させてもらう」
地下鉄のホームは、すでに地獄と化していた。
閃光と銃声が、暗闇を支配している。
市警RAIDの、統率された射撃の前に、ノマドの兵士たちが、次々と倒れていった。
「クソッ!奴ら、装備が違いすぎる!」
「兄弟がやられた!」
その、一方的な戦場に、カミーユは、一つの影のように躍り出た。
彼女は、銃弾が飛び交う中を、遮蔽物から遮蔽物へと、ありえないほどの速度で駆け抜ける。
そして、RAIDの兵士が陣取る、柱の影へと回り込む。
閃光のような突撃。
RAIDの兵士が反応する前に、カミーユは、そのライフルの銃口を逸らし、コンバットナイフで、装甲の隙間(脇腹)を深々と抉っていた。
兵士が呻きながら倒れると、カミーユは、倒れた兵士のアサルトライフルと、腰の手榴弾を、流れるような動作で奪い取った。
彼女は、そのアサルトライフルに、『徹甲弾』を装填すると、倒れた兵士の、さらに奥に隠れているRAIDの兵士が潜む、別の柱の影へと、手榴弾を正確に投げ込んだ。
[カキン!]
手榴弾が柱の陰で跳ねる。
その瞬間、カミーユは、アサルトライフルを構えると、空中で回転する手榴弾を、たった一発の徹甲弾で、正確に撃ち抜いた。
[ドオォォン!]
凄まじい爆音が、狭いホームに響き渡った。
柱の陰にいた兵士は、爆風と破片に吹き飛ばされ、そのまま無力化された。
(……まさか……。あの女……、警察の特殊部隊を相手にこの戦場を、完全に支配している……!?)
サシャは、監視カメラの映像に映る、カミーユの人間離れした戦闘技術に、驚愕を禁じ得なかった。
戦いが、膠着状態に陥った、その時。
激しい電子戦の嵐の中、アヤは、たった一つの、千載一遇の好機を見つけ出した。
市警が放つ、強力なジャミング。それは、ノマドの通信網を麻痺させていたが、同時に、サシャが張っていた、カミーユへの通信妨害にも、僅かな「穴」を生んでいた。
アヤは、そのコンマ数秒の隙間に、自らの存在証明を、全霊を込めて叩き込んだ。
彼女は、ノマドの攻撃コードの「癖」を完璧に模倣し、それに対する「完璧な答え」となる、即席の対抗プログラムを組み上げ、サシャのプライベートチャンネルへと、カウンターとして放ったのだ。
そのプログラムに乗せられた、短いメッセージ。
『カミーユは、私の、友達。お願い、彼女を、助けて』
[ピッ]
サシャのコマンド・チェアに、警告が表示される。外部からの侵入。
だが、その侵入コードを見た瞬間、サシャのサイバーアイが、ありえないほど大きく見開かれた。
そのコードは、あまりにも懐かしく、そして、あまりにも天才的だった。10年前に失われた、妹の「筆跡」そのものだったからだ。
そして、そのコードが運んできた、短いメッセージ。
サシャは、全てを理解した。
彼女は、数秒間、完全に沈黙した。
そして、全ての兵士に向けて、新たな命令を叫んだ。
「―――総員、反撃!」
「あの女を、援護しろ!」
「彼女を、ここから、生きて脱出させるぞ!」
ノマドの兵士たちの動きが、変わった。
彼らは、今や、カミーユの「盾」となり、彼女のための活路を、切り開こうとしていた。
絶望的な戦場で、カミーユとノマドの間に、脆く、しかし、確かな絆が生まれようとしていた。




