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静かな日常と消えない灯り ②

(き、き、き、緊張した……!!!)


あのあとクラヴァール先輩と一緒にジュリアン殿下のもとへ行った私は、それはもう、魂ごとすり減っていた。


ジュリアン・アステリア第一王子。

お気づきかもしれないけれど、攻略対象のひとりである。


正直……殿下とのイベントはしばらく後だから、遭遇することもないだろうなんて思っていたのよね。


どうやら、たまたま下級生の棟に来たからと、私に挨拶をしに教室まで寄ってくれたらしい。

「下々の暮らしぶりはどうか」とか、「聖女の力に目覚めた経緯」とか、そんな他愛もない話をした。


「聖女、リリエル・フォーン。ともに良い国を作ろうではないか」


なんて言われてしまって、泡を吹くかと思ったわ。

「聖女」と「次期国王」としての言葉だとはわかってはいるけれど、ゲームを知っている私からすると、壮大なフラグに思えてしまう。



とは言え、ゲーム的には当然ながら好感度が上がる前の口調。

うん。良かった。王子とのイベントは、まだまだ先だ。



それにローザリア様との仲も悪くないようだった。


ローザリア様とジュリアン殿下は幼馴染であること、

ローザリア様は昔から優秀だったから随分刺激を受けたこと、

私と一緒に楽しそうにしているところを目撃したことがあることなど――


親しげに語る王子からは、ゲームの断罪イベントの想像ができない。


ゲームでは――

ローザリア様は、私に嫌がらせを、する。

でもそれは、私に王子を奪われそうになったからで――



ん?


ローザリア様は、ジュリアン殿下が、好き、なのかしら?



嫌がらせの原因だって、聖女の存在そのものが気に入らなかった可能性もある。


(そのあたり、ほとんど描写はなかったわね。

 そりゃそうか。”悪役令嬢として消費される存在”って、私も思ってたじゃない)



「あら、リリエル、いらっしゃい。こちらへお座りなさいな」


気付くとローザリア様の私室の前についていた私は、侍女によって丁重に迎え入れられた。



ローザリア様の私室は、淡い花の香りと、澄んだ魔力の気配で満ちていた。


王家や公爵家の生徒には、学園内に専用の私室が与えられている。


寮暮らしの私と違って、彼女は王都のタウンハウスから通っているから、この私室で過ごす時間はごくわずかだというのに――

全てが一流品で整えられていて、公爵家の格の違いを感じる。


ちなみに私はストレステスター事件のあと、

慰労会という名のおやつパーティー(二人)に誘われて以来、2度目の訪問である。


丸テーブルの上には、可愛らしいティーセットと、色とりどりの菓子皿。

カップからは、ほどよい湯気が立ちのぼっている。

温度を一定に保つ小さな魔法がかけられているのだろう。

魔力の光がごくわずかに縁を走り、金の装飾をやわらかく照らしていた。


「今日もね、とっておきのケーキをたくさん用意したのよ。リリエル、甘いもの好きでしょう?」


「い、いえ……その、はい…」


確かに甘いものは好きだけど、侍女によって次々と運び込まれるケーキたちに茫然とする。


テーブルに並んだのは、マカロンを積み上げたみたいなケーキ、

宝石みたいに輝くマスカットのタルト、

チョコレートケーキに、焼き菓子に――どう見ても二人分の量じゃない。


「まぁ、食べきれなかったら持って帰っても構わないわ。私たち、スイーツ仲間でしょう?」


どうやら前回断り切れずにたらふく食べたことが、ローザリア様の中で印象に残っているらしい。



ローザリア様は優雅にナイフを入れ、フォークで小さく切り分けて一口。


ふわりと頬がゆるみ、目がとろりと細まる。


(ローザリア様こそ、甘いもの、お好きなのよね)


少女みたいに緩んだ表情に見とれてしまう。



――その瞬間、紅茶のカップがふっと震えた。

縁を走っていた魔力の光が一瞬強くなり、表面がぼこっと膨れて――


「あつっ……!」


熱々の紅茶が、私の手の甲にはねた。


「やだごめんなさい! 私ったら!」


(……え……? ”私ったら”? )


ローザリア様が慌ててカップに手をかざすと、泡立っていた紅茶はすぐに静まり、まるで何事もなかったかのように、穏やかな香りだけを残して湯気を立てた。


私の手の甲にも、ひんやりした感覚が広がる。


「痛くはなくって?」

「ええ、ありがとうございます。水魔法、ですか?」

「さっきのは水と風ね。わりと単純な冷却魔法よ」


……なるほど、気化熱も利用してるってことかしら。

クラヴァ―ル先輩のやり方とは違うらしい。

沸騰した紅茶の温度を下げたのも同じだろうか?

なんとなく違う気がするけれど、いまいち仕組みがわからない。



「まったく……甘いものは危険ですわね。つい気が緩んでしまうわ」


「……さっきの……」


言いかけて、やめる。


「なぁに?」

「い、いえ!このケーキ、とってもおいしいです!」

「ふふ、沢山召し上がってね?」


結局私は今日もケーキをお腹いっぱい頂き、

さらにお土産まで抱えて、自室――学園に隣接した寮――に戻っていったのだった。




1日の終わり、ベッドの中で考える。


――突然沸騰した紅茶。あれは、ローザ様の魔力干渉……よね?


「気が緩むとダメ」と言っていたから、普段から“意識して抑えている”ということだ。


背筋がぞくりとした。

彼女は、どれほどの魔力を体内に宿しているのだろう。


(というか、聖女なんかよりよっぽど凄いじゃない?)


光の魔力は、回復や癒しの効果が飛び抜けて強い。

水や土の魔力でも回復魔法は使えるが、その比ではない。


だが――その分、扱いが難しい。


光の魔力は常に私の周囲を漂っているから、

触れたものに清めの力が宿ったり、

勝手に回復させていることはある。


でも、自分の意志でコントロールできたことなんて一度もない。

だからこそ、“勉強が必要”なのだという王家の主張は、もっともで。


(ゲームのことがあるから抵抗したけれど、私は結局ここに来るべきだったのよね)



あんなふうに、力を自在に扱える日が、私にも来るだろうか。


ゲームのリリエルは、イベントで命がけの気絶をした後、気絶の原因になった能力が開花する。

そうして一つのイベントごとに、少しずつ”聖女”になっていくのだ。


(……そういえば、ゲームのクラヴァール先輩ルートって、ちょっと不思議なのよね)


クラヴァ―ル先輩が魔力を暴走させて、そのとき偶然居合わせた聖女が、光を奪われて倒れる。

それによって暴走は止まるんだけど、聖女は光を奪われすぎて、自己治癒もできなくて……

元に戻った先輩が、涙ながらに必死に治癒魔法をかけるんだわ。


(いやいや、そんな危険なイベント、起こってほしくないから!)



でも……

私が「治癒」の能力を身に着けるのは、王太子イベントの時。


クラヴァール先輩とのイベントでは「光の力を受け渡す」能力が覚醒する。

正直、治癒と何が違うのかよくわからないけれど……

クラヴァ―ル先輩に奪われた光は「治癒」として働いたわけではないってことになる。


……それがわかったからって何ということもないのだけれど。


(そういえば、クラヴァ―ル先輩は大丈夫かしら……)


ローザリア様の魔力を見た時の、ほの暗い目が脳裏に浮かんだところで、眠気がすべてを包み込む。


――その夜、研究棟の灯りが遅くまで消えなかったことを、私はまだ知らなかった。



穏やかな日常の音が、静かに遠のいていった。












不穏な兆しです。

明日、21時半更新予定。


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