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教義変更

 王立学園のロータリーでクロイツ公爵家の馬車から降りた瞬間、鼓膜を揺らすような黄色い歓声が弾けた。


「ローザリア様よ!!」

「ああっ、ローザリア様! 相変わらずお美しいわ!」

「ご覧になって!リリエル様もご一緒よ!」

「リリエル様、なんて可憐なの……!」


(げっ……そういえばこんな感じだった……!

 というかローザ様はともかく、まだ私もそんな扱いなわけ?)


 なんとなく――本当になんとなくだけど、ゲームが終わったから私の見え方も変わるんじゃないか、なんて思っていた。


 思わず顔をしかめる横で、ローザ様が優雅なしぐさで手を差し出す。


「―—何?」

「ふふ、エスコート」

「どういう――」


 そこまで言って、気付いた。

 いつもと同じ、変わらない歓声と思っていたけれど。


(視線の種類が、違う?)


 崇拝や憧れというより、もっと熱に浮かされたような、甘い吐息の混じったざわめき交じりの視線。


「劇の通りだわ。障害を乗り越えた、真実の愛……」

「尊い……」


(そういうことか――!!)


 思わずあきれた目でローザ様を見ると、にっこりと完璧なほほ笑みを返された。

 瞬間、はぜるような悲鳴が上がる。


「―—ローザ様、楽しんでるでしょ」

「ふふ、だって、どうせ騒がれるんですもの。

 ―—エスコート、受けてくれないのかしら?」

「はぁ。なんでわざわざ煽るようなことを……」


 ため息をつきながらも、ちょこんとローザ様の差し出した手に自分の手を重ねる。


「キャー――――!!!!」


 もはや暴発と言っていい程の悲鳴。


(ああもう!!)


 引きつりそうになる頬を必死に抑えながらエントランスホールへと足早に向かうと、そこにもまた異様な人だかりができていた。  


 中央の巨大な掲示板。普段は学園からの事務連絡が貼られるその場所に、見慣れない――けれど、見間違えようのない厳かな羊皮紙が掲示されている。


「あ、リリエル様たちだわ」 「道を開けて……!」


 私たちが近づくと、まるでモーゼの海割りみたいに生徒たちがサッと道を開ける。  

 

 神殿の最高位を示す、大いなる光の紋章。


(大神官様からの――)


 そこには、短くこう記されていた。


『――女神の光は遍く魂を照らす。形にとらわれぬ魂の結びつき、真実の慈愛に基づくものであれば、神殿はこれを等しく祝福するものである』


(え、これって……)


 神殿の教義では、女神の光は「次代へと光を継ぐ実りをもたらす魂を照らす」とされている。

 つまり、次代の命を育む男女の結びつきこそが、光を広げる唯一の正当な形とされていたはず。

 けれど形にとらわれない魂の結びつきを祝福するということは。


 ――同性同士の繋がりを神殿が公式に認めるという、異例の声明文。


「あら、まぁ。ふふ、ついに表明したのね」


 ローザ様がおかしそうに目を細める。

 遠回しな、けれど極めて決定的な教義の解釈変更。  


(嘘でしょ……)


 頭の芯が痺れるような感覚。  


 白百合の間で、国王陛下が腹の底から楽しそうに笑っていた顔がフラッシュバックする。


『おぬしは今や神殿の教義すら覆した、生ける伝説よ』


(――そういうことだったのね。)


 私の「付き合ってます」という苦し紛れの宣言と、市中で爆発的に流行った恋物語。あまりの熱狂に、神殿側も異端として糾弾するより、教義を拡大解釈して取り込む道を選ばざるを得なかったのだ。


(そういえば神殿からの呼び出し、全部無視してたんだった)


 意図的に無視していたというよりは、クロイツ領にいたせいで伝令を受け取れなかっただけだけれど。


 ―—神殿にとって、聖女は特別だ。だって、聖女こそが光単一信仰の象徴なのだから。


(そりゃ、聖女を異端とは言えないか。)


 ローザ様の魔女疑惑を広めるより、私たちのロマンスの方が回るのが早かった、ということなのだろう。


(あの時はそこまで考えていなかったけど)


 断罪を回避できたことに浮かれて、クロイツ領での温泉や景色をのんびり楽しんで……

 考えればすぐに分かるはずだったのに、思い至らなかった。


(でも、神殿が本気を出せばそれこそ噂なんて簡単に回るはずよ。

 こんな、一生徒の物語の方が先に回るなんて―—どういうこと?)


「きっと、神殿も焦ったでしょうねぇ。

 ふふ、クロイツ家からもしっかり抗議させてもらったの」

「ええ!?いつの間に……」

「だって、色々不手際も多かったでしょう?

 遺跡の時だって―—まぁあの時は王家の文官も酷かったみたいだけれど。

 せっかく殿下がいい関係を築こうとしていたから、クロイツ家も協力していたのにね?」


 そう。護符の件やらなんやら、私の目からは、王家と神殿はすこぶる良い関係に見えていたのだ。


 ―—結局、何も見えていなかった。多分、私だけ。

 

(神殿と王家の軋轢は、ゲーム知識になかったから……

 勝手に、何もないと思い込んでいたんだわ)


 神殿が強気に出ていたのは私の存在のせいでもあるかもしれなかったのに、暢気なものだ。


「まぁ、それも私たちの噂の勢いがすごかったからできたことではあるけれど。

 ―—リリエルが悪いと思うことは、何もないと思うわよ?」 


 黙ってしまった私に、ローザ様がのんびりとした口調でいう。


「そうかな」

「そうよ。そもそもあなたが恋人宣言をしてくれなかったら始まらなかったんだから。

 それに―—」


 ローザ様は私の瞳をじっと見つめて、一拍おいた。


「だって、ここはあなたが幸せになるための世界でしょ?」


  『転生聖女の幸福譚』


 そう。私は、私が幸せになるためにこの結末を選んだと思っていた。

 それは間違いない。

 けれど。


(なんだろう。何か、何かを見落としている気がする)


 その「何か」の輪郭を掴みかけたような、その時だった。


「きゃああああっ! ローザリア様がリリエル様を熱く見つめてらっしゃるわ!!」

「なんて情熱的な瞳……! 尊い、尊すぎるわ……!」

「劇のラストシーンの再現よ!!」


 鼓膜を突き破らんばかりの黄色い悲鳴が、再びエントランスホールに響き渡った。


 ビクッと肩を揺らした私の意識は、水底から一気に現実へと引き戻される。


「ふふ。みんな元気ねぇ」

「……っ、ちょっとローザ様、そんな距離詰めないで! また変な誤解されるから!」

「あら、その元凶はどなただったかしら?」

「そういう言い方する!?」


 面白がるローザ様に振り回されているうちに、頭の片隅に引っかかっていた違和感は、やかましい歓声の渦の中へとあっけなく溶けて消えてしまった。


(ああもう、今はとりあえずこの状況をどうにかしないと……!)


 私は半ばヤケクソ気味にローザ様の手を引き、熱狂する生徒たちの波を掻き分けて足早にエントランスを後にしたのだった。



















次話、月曜更新

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