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白百合の誓い

「いやぁ、はっはっはっ!!まさか聖女が神殿に歯向かうとは―—」


 目の前で豪快に笑う大柄な男――国王陛下は、腹の底から楽しそうだった。


「こ、国王陛下、恐れながらーー」


「何をそんなに畏まっているのだ、聖女リリエルよ。

 おぬしは今や神殿の教義すら覆した、生ける伝説よ」


「―—は、はい……?」


(そんなこと言われても……)


 ―—ここは王宮・白百合の間。


 あの断罪劇から一週間。私とローザ様は国王陛下にお呼び出しを受けていた。

 先ほどから一国の王とは思えないほど砕けた態度に、困惑しっぱなしだ。


 それにしても”教義を覆した”って――どういうこと?


(ローザ様!助けて!)


 ちらりとローザ様を見ると、にっこりと微笑み返された。

 口元を左右対称に引き上げた、完璧な笑み。

 ちがう、そうじゃない。

 すごく、すごく美しいけれど。


 それを国王陛下がたっぶりとしたひげを撫でながら、にやにやと眺めている。


「―—それにしてもローザリア。

 おぬしには悪いことをしたな。

 神殿との軋轢の犠牲にするところであった。

 ジュリアンはしばし謹慎を言い渡した故―—

 足りぬであろうが、それで収めてもらえぬか」」


「いいえ陛下。ジュリアン殿下の謹慎も本来は必要のないことですわ。

 むしろわたくしの軽率な行動が招いたことです。

 わたくしこそ、殿下に申し訳が立ちません。」


「ふむ。公爵からもそう言われてはいるのだが

 ―—恨みはないのか」


「全くございませんわ」


「そうか」


 しんーーと沈黙が落ちる。


 そう。ローザ様は、自身の魔女疑惑も、火竜を使役することの危うさも、それが殿下をどんな状況に追いやっているのかも―—

 全て承知の上だった。


 ――それはそうだ。

 いくら破天荒とは言え、曲がりなりにも公爵令嬢として厳しい教育を受けていたのだから。


(もう。ほんとに、私だけあんなに必死になって!)


 あの時の感情の奔流を思い出して、思わずじっとりとした視線を向けてしまう。


 空気を裂くように、陛下が再び口を開いた。


「ーー愛の力は偉大だな」


「はい?」


 予想外の言葉に素の反応が漏れる。

 えーっと、誰と、誰の。


「二人は付き合っておるのだろう?」


 ぶふぅっ!

 思わず盛大に噴き出した。


 ―—そうだった。「私たち付き合ってます」宣言をして、強引に断罪を回避したんだった。

 まさかそれが、国王陛下にまで伝わっているなんて。


「いやいやいやいや!ええと、あれは言葉の綾と言いますかなんと申しますか―—」


 言葉遣いがなんだかおかしくなっている気がする。

 けれど陛下は鷹揚な笑みを崩さない。


「よいではないか。いやぁ、その場にいなかったのが残念だ。

 大神官はさぞかし青ざめただろうな」


「えっと、ですからそれは誤解で―—」


「知っているか?市中で上演されている恋物語の劇を。

 とある聖女と貴族令嬢がモデルになっているようでな。

 すこぶる評判が良い故王宮にも近々呼びたいと思っているから、二人も招待しよう」


「ふふ、光栄ですわ。ですが、あの場での出来事は学園内の限られた者しか知らないはずでしたのに。一体どなたが吹聴したのかしら?」


「さて?一体どこから洩れたのやら」


(ええええええ……)


 心なしか、陛下とローザ様の間に火花が散っている。


 ―—いやそこじゃなくて。

 ほとぼりが冷めるまでとクロイツ領にお邪魔していたたったの2週間で、そんなことになっていたなんて。


「―—ふふ、でも神殿はどう出ますかしら?」


「そうだな。ここまで広まってしまえば認めざるを得ないだろう。

 あとは時間の問題だな。」


「楽しみですわね?陛下としても、万々歳なのではなくて?」


「いやいや、わしは心を痛めておるぞ。なんせ大神官とは旧知の仲だからな」


「ふふふふ」

「はははは」


(何の話!?わかってないの私だけ?ちゃんと説明してよ―――!!!)



 ――王宮から解放され、クロイツ公爵家へと向かう馬車の中。  

 私は座席に深く沈み込み、軽く放心していた。


「リリエル? 大丈夫?」

「う、うん……大丈夫……」


「もう。国王陛下は気さくな方だから大丈夫って言ってあったのに。

 リリエルってば変なところで真面目なんだから」


「いや、さすがに恐れ多すぎるって。

 それにクロイツ領で羽を伸ばしすぎた分、落差が……」


 車窓から差し込む午後の光が、ローザ様の髪をきらきらと照らしている。

 その不規則な揺れを眺めながら、少しずつ、王宮で張り詰めていた緊張が解けていくのを感じた。


 目の前で微笑むローザ様のいつも通りの温度が、浮き足立った私を確かな現実へと引き戻してくれる。


「ふふ、今回の旅も楽しかったわね。

 春のクロイツ領も綺麗だったでしょ?」


「それはもう!あぁ、温泉街にかかった虹のなんて幻想的だったことか……。

 はぁ……帰ってきたくなかったなぁ……」


「次は夏の休暇に行きましょう?

 夏のクロイツ領の海はね、ひと際青が深くて美しいのよ。

 それにちょうど小麦が一面に実ってーー

 黄金の絨毯って呼ばれているのよ」


「ふあぁ、楽しみ……!」


 冬のクロイツ領での思い出は、まるで幻みたいだと思っていた。

 

(でも今はちゃんと現実だって実感できるわ。

 次の光継祭だって、ローザ様と一緒に行ける……!)


 じわ、と目頭が熱くなる。

 諦めていたいろんなことが――確かな未来として息づいている。

 それが、嬉しい。


 私は感傷を振り切るように、ふと気になっていたことを尋ねた。


「それにしても、ローザ様、市中で流行ってるって言う劇、知ってたの?」


「ええ、小耳には挟んでいたわよ。」


「――—ずっと私といたのになんで情報量が違うの」


「ふふふ、まぁ、色々と」


「もう。相変わらず全部は見せてくれないんだから。

 ―—で?どんな劇なの?」


「陛下もおっしゃっていた通り、女性同士の恋物語よ。『白百合の誓い』っていうの。もとは古典ね。」


 古典の置き換えか。なるほど、それならこの短期間で上演まで漕ぎ着けられるのも頷ける。  


(ふぅん、白百合の――)


 思考がそこで、ピタリと止まった。

 私たちが呼び出された、三人で話すには広すぎたあの豪華な部屋。  

 あそこの名前は、たしか。


「―—国王陛下、お茶目よねぇ。」


 ローザ様がのほほんと微笑む。


「ねぇほんとなんなのあの人!?ほんとにジュリアン殿下のお父様!?」


「だから言ったじゃない。気さくな人だって」


「気さくっていうか――悪趣味よ!」


 殿下のあの、気遣いに溢れた穏やかな性質は王妃様譲りなのだろうか。

 金糸のような髪の色合いこそ同じだけれど、その内面は似ても似つかない。


 (――ジュリアン殿下は、謹慎なんて大丈夫かしら)


 ふいに、驚きに揺れる青い瞳が脳裏を過った。  


 ……ううん、考えても仕方のないことだ。

 あそこで盤面をひっくり返さなければ、ローザ様は謹慎どころでは済まなかったのだから。  


 私は小さく頭を振り、馬車の揺れに身を任せた。













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