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結局、予定通りに予定は進む

気がついたとき、私は保健室のベッドの上にいた。


「あら、気が付いた?」

ローザリア様の優しい声が降ってくる。


「ローザリア様……私……あれからどれくらい……」

「そんなに長くないわよ?午後の授業が二つ終わって、丁度みんな帰るころかしら」


白い天井と薬草の匂い。隣の机には、あのストレステスターの残骸がある。

金属は歪み、宝石のような心核は粉々に砕けていた。

青く光っていたはずの部分は、今はただ灰色の欠片になっている。


「……これ、壊れたんですか」


「ええ。少し古かったのかもしれないわ」


ローザリア様は、まるで天気の話でもするみたいに軽やかに言う。

あの時、私の体を蝕んでいた魔力を強引に止めたのは間違いなく彼女なのに、その口ぶりは他人事みたいだった。


「ローザリア様は……どうして平気だったんですか? あの出力だったら……私じゃなくても、大変だったはず……」


「私はちょっとだけ、ほかの人よりも魔力の耐性が高いの。あなたの”光”は純粋過ぎて、過剰にストレステスターの魔力に反応するでしょう?私は、逆。むしろ、機械の方が先に悲鳴を上げるくらい」


「えっ、それって……」


「昔ね、いたずら半分で、テスターから流れてくる魔力を押し返して、私の魔力を逆流させたことがあるの。そしたら爆発しちゃって。すごく叱られたわ。あれって結構高いのよね」


「怒られたの、そこですか!?」


「他にどこかあるかしら?」


ローザリア様は小さく肩をすくめて笑う。その仕草すら完璧で、言っていることはぶっ飛んでいるのに、まるで劇中の女王のようだった。

私は息を呑む。彼女の放つ気配は、ただ優雅というだけじゃない。

一瞬でも触れたあの力は、嵐の中心に立つような静けさと強さを併せ持っていた。


(この人――“悪役令嬢”なんて言葉で消費していいような人じゃない……気がする)


「でも、あなたが無事でよかったわ」


そう言って微笑むその顔が、少しだけ近く感じた。

彼女の手の中で、壊れた魔道具の欠片が光を失って転がる。

それがなぜか“救い”のように思えた。


(……結局、イベントそのものは避けられなかった。でも、あのままだったら、もっと苦しんでいたわ。ローザリア様が流れを変えたんだ)


けれど、それは"世界の法則の外に出られた"ということではないだろう。

魔力が暴走しないように耐えること、聖女の光を見せつけることの二つがイベントの重要な要素なら、やっぱりシナリオの範囲内だという気はする。


それでも彼女と出会ってから、世界はほんの少しずつ予定外に傾き始めている気がした。


「じゃあ、私は行くわ。お医者様が来たら、きちんと診てもらってね」

「……はい」

裾の音だけを残して、ローザリア様は静かに出て行った。


──その直後、扉がノックされる。


「ご無事で何よりです。測定器の管理が甘く、申し訳ありませんでした」


淡い灰色の制服に銀髪を整えた青年が立っていた。

ノエイン・ド・クラヴァール。王太子の側近候補であり、学園屈指の魔導師。


「い、いえ……私は大丈夫ですから」


机の上の残骸を見た彼の眉がわずかに動いた。


「ストレステスターが破壊されるほどの出力……どれだけの負荷に耐えれたのでしょうか。今日は寮までお送りします。付き添いを許していただけますか」


(げっ……保健室で謝罪からの、送迎申し出……これ、次のイベントの導入そのままじゃん!)


「い、いえ! 後ほどクラスメイトが迎えに来てくれますから、クラヴァール様のお手を煩わせなくても……」


「そんなことをおっしゃらないでください。私の気が済まないのです」


(これ、私が遠慮していると思っての、善意のやつだわ。断れない……上級生だし)


「その……お気遣い、ありがとうございます」


「当然のことです。怖い思いをさせましたね。痛みはありませんか?」


「だ、大丈夫です。ほんとに」


彼はハンカチを差し出し、魔力で冷やした水を注いでくれる。

完璧な手順。完璧な距離。完璧な声色。


(わぁん、やっぱりゲーム通りだぁ……)


私は小さくーー本当に、ほんの少しだけ、肩を落とした。



──数日後。


朝の講堂兼食堂は、いつもよりざわざわしていた。

長いテーブルの上に焼きたてのパンとスープの香りが漂い、

あちこちからやたら甘い声が飛び交っている。


「中庭の光、見た?」「まるで祝福だったわ」

「聖女様が光に包まれて、倒れたところを受け止めたのがクロイツ侯爵令嬢だったんですって!」

「二人で抱き合うようにしてて……あれ、もう絵画じゃない?」

「しかも、暴走した上級生をその場で叱りつけたとか!」


(待って、それ誇張にもほどがあるから!)


私はそっとカップを持ち上げ、ため息を飲み込む。

ローザリア様が助けてくれたことは確かだけど、

気づけば話は「聖女の光と公爵令嬢の威厳が上級生を鎮めた伝説」になっていた。


(数日寝込んだだけなのに、噂の進化速度どうなってるの……)


「おはようございます、ローザリア様」


彼女はいつも通りの笑顔で、私の隣に腰を下ろす。

その周囲の空気だけが澄んでいて、自然と背筋が伸びた。


「もう大丈夫? 顔色が戻ってきたわ」

「はい。おかげさまで……」



ローザリア様は紅茶を口に運びながら、ゆるやかにまつ毛を伏せた。

その仕草ひとつで、周囲のざわめきがわずかに静まる。

ほんの少し肩をすくめただけなのに、品と威圧が同居している。


「それにしても、あれからずっとこんな調子なのよ」

「なんだか、伝説みたいな扱いになってません?」

「ふふ、学園は暇なのねぇ」


その笑みが美しすぎて、ため息が漏れる。

一瞬静まっていた周囲はさらにざわめいた。


「ねぇ、今、目を合わせた!」「尊い!」「やっぱり共鳴してる!」


(なんで私とローザリア様が共鳴したことになってるのよ!おかしいでしょ!)


否定しても火に油を注ぐだけ。

この10年程の聖女生活で、私は学んでいた。


「ねぇリリエル。あなた、またパンだけで済ませようとしたでしょう?」

「えっ!? そ、そんなこと……」

「顔に書いてあるわ。“早く図書館に行きたい”って」

「うぐっ……!」


療養中、頻繁に顔を出してくれていたローザリア様には、私が本を読みながらパンをくわえる姿を何度も目撃されている。


ローザリア様は穏やかに笑い、私のお皿にスープをよそう。

その手つきが優しすぎて、少しだけ胸が熱くなった。


(ああもう……この人、断罪される“悪役令嬢”のはずなのに……)


その瞬間、扉の外から声がした。


「ローザリア様、失礼いたします。魔導学科のクラヴァール様が聖女様にお話があると……」


(えっ、来た……!?)


「そう。……では、私は席を外すわね」

「えっ!? どうして!?」

「だって、クラヴァール様はあなたにご用なのでしょう?」


(行かないでローザリア様ぁぁぁ!)


心の中で絶叫しながら、私はゆっくり振り向いた。

扉の向こう、銀髪の青年が立っている。


保健室で出会って、そのあと何度か会話をするのが、シナリオの流れ。


世界はやっぱり、“予定通り”に動き出していた。

読んでくださってありがとうございます。

評価に感想、ブクマなど……

反応下さって本当に嬉しいです。ありがとうございます!


明日からまた物語が動きます。

22時頃更新予定ですので、宜しくお願いします。

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