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結末【第一部 完】

広間のざわめきから離れて、私たちは風の通る丘の上へ出た。


丘の上は風がよく通った。

草の匂いが、さっきまでの熱気を洗い流していく。


珍しくドギマギしているローザ様に、私は“付き合ってます”宣言の理由を説明する羽目になっている。

羞恥プレイ自首バージョンだ。



「そう……それで私を守るために……ふふっ、うふふっ」


「ちょっと! 笑わないでよ。必死だったんだから。当のあなたはぼんやりしてるし!」


「で、でも……誰より真面目なあなたが、あ、あんな……っ うふふっ」


目尻に涙まで浮かべて笑われると、怒れない。


風に煽られて、ローザ様の髪が肩に触れた。

陽に透けた金色が、ゆっくりと揺れる。


「だって、仕方ないじゃない。

 もう筋書きが決まっていたんだもの。

 根っこからひっくり返すしかないって思ったの」


「……すごいわ、そんなやり方があるなんて」


「ローザ様って……」


言いかけて、飲み込んだ。ローザ様は、何をどこまでわかっているのだろう。


風が一瞬、凪いだ。

草の擦れる音だけが、やけに大きく耳に残る。


「ね、おかしなこと、言っていい?」


沈黙をローザ様が破った。


「なに?(今更だけど)」


「私はね――自分が、“悪役令嬢“と呼ばれるものではないかって、思っていたのよ」


心臓が跳ねた。


「この世界はあなたのためにあって、あなたが幸せになるために私がいるって、思っていたの」


「……え……?」


跳ねた心臓の音がやけに遠くに聞こえる。


「気づいたのは、そうね、十歳くらいだったかしら」


ローザ様は何でもないことのように言う。

けれど、その目は少しだけ遠い場所を見つめていた。


「試してみたの。手持ちの魔力をすべて、一度に解き放ったらどうなるか」


「……それ、死ぬ気だったの?」


「まさか。ただの遊びよ。私が世界を飲み込むか、世界が私を飲み込むか、どちらかだと思ったのだけど」


ローザ様はそこで言葉を切り、自分の手を見つめた。


「結果は、どちらでもなかった。……ただ、少しだけ『混ざった』のよ。魔力も、それ以外の何かも」


「……混ざった?」


「ええ。それからよ。自分がこの世界の『役割』に過ぎないのだと、妙に納得してしまったのは」


風が、ざわりと揺れた。


「それが10歳のとき?」


「ええ」


「……なんで自分が"悪役令嬢"だと思ったの?」


「うふふ。どうしてかしら?

 でも、寝込んでる間にリリィの噂を思い出したわ。私が唯一持っていない、光を持つ人」


「……うん」


「それで、どういうわけか納得できたの。この世界に。ずっと退屈だったけど、役割があるなら全うしなきゃって」


……ん?

思わずローザ様の言葉に首を傾げる。

ぶち壊そうとしたわけではなくて?


「……ちなみに、何をすべきだと思ってたのか聞いてもいい?」


「そりゃあ、完璧な障害に決まってるでしょう?」


あれ?そういうつもり……だったの?

頭の中が疑問で埋め尽くされて、突っ込みが追いつかない。

ローザ様は続けた。


「最初はね。

だからね、魔法の腕も磨いたし、武術も勉強もしっかりやったわ。でもね、同時にあなたのことを幸せにするんだって、思ってたの。だって、悪役令嬢って、そのための存在でしょう?」


「……私を、幸せにするための、存在?」


『誰もが畏れ、憧れ、物語の“悪役令嬢”として消費するための存在』


……入学の日を思い出す。私はローザ様のことを、何だと思っていただろうか。


「ずっとあなたの事を考えていたわ。そして入学の日、確信したの」


あの日の予想外の、出会い。

光に包まれたローザ様を思い出す。


「じ、自分は?なんで、断罪……それを一番、考えるべきだったんじゃ……」


「んー、私何でもできるし、正直それはどうでもいいかなぁって」


「はぁぁぁぁ」


盛大なため息がでる。私のあの修羅場って、いったい……


「私ね、あなたが殿下を好きなら、多少あなたが苦しんでても放っておくべきなんじゃないかって思ったのよ。多分、そういう"イベント"でしょ?

でも………目の前で苦しむあなたを、どうしても、見たくなくて………」


声が小さくなっていく。


「……ごめんね?私の勝手な想いのせいで……あなたの幸せを、結局壊したのかしら」


「そんなこと……」


ふっと、ローザ様が意識を切り替えるように笑った。


「うふふ、じつはね、"お約束"を壊している自覚はあったのよね。だからあなたが『私達付き合ってます』って宣言した時……ふふっ」


ローザ様が目を細める。

――この顔、好きだな。


「ちょっとホントかもって、思ったの。私がイベントをこなしたから、"私とリリエルが幸せに暮らしました"って筋書きに変わったのかなって」


ああ、だから……


「でもそれはあなたが私を救うためについたウソで。

私は結局、あなたから王太子妃という未来を奪ってしまったわ」


目線を下げて自嘲気味に話すローザ様は、なんだかいつもの無敵な彼女じゃないみたいだ。


(それにしても、もう。ローザ様って、見てるようで見てないわね)


「……ねぇ?ローザ様は、私が殿下と結婚して、『幸せに暮らしました』ってとこ、想像できるの?」


ローザ様はちょっと考えこむ。


「確かに、そうね。

 殿下は素敵な人だけど……

 王宮は、リリィには窮屈かもしれないわ」


「そうよ。それに私は、肩を並べて歩ける人がいいの。  守られているだけじゃなくて――  一緒に戦える相手じゃないと」


「あら。リリィなら、誰の隣でも役に立てるわよ? 当たり前じゃない」


顔を見合わせる。


「……ふっ」

「……ぷっ」


どちらからともなく、クスクスと笑い声が漏れた。

幸せだ。私は、ローザ様が大好きだ。


「……で?私は断罪されて、どうなるはずだったの?」


「なんで私が知っていると思うのよ」


「うふふ」


「……はぁ。ローザ様って、結構意地悪なんじゃない!?」


「やだ、悪役令嬢よ、私」


「もう! いい? ローザ様はね、断罪の後は修道院送りなの。領地もいくつか没収されるはずだったんだから」


「えぇ!?ほんとうに?そこまでするの?」


「それが乙女ゲームのテンプレってもんよ」


「あら、ここは"ゲーム"だったのね」


「そうよ。『聖女の幸福譚(セント·セレナーデ)』というゲーム」


「幸福……」


「そう、幸福。私が、本当の幸せを掴む物語」


そう言って、私はローザ様の目を覗き込む。

そうよ。そうだわ。

私は、私の幸福のために、この断罪を回避したかったんだ。


ローザ様は、ちゃんとわかっているかしら?

むくむくと、熱い思いが胸に広がっていく。


沈黙ののち、ローザ様は小さく笑った。


「そう。なら本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」


「でしょ?洗濯物とか絶対破ると思うわ」


「あら。魔法でどうにかするけれど?」


「その手があったか!」


また、笑いがこぼれた。


「……ねぇ、リリィ。このあと、どうするの?」


「どうするって?」


「私を庇った以上、あなたがどうなるかわからないのは嫌だわ」


空を見上げると、雲がゆっくり流れていた。

さっきまで重なっていた影が、少しずつほどけていく。


「うーん……まぁなるようになるんじゃない?

 だって私達、最強タッグでしょ」


ほんの少しの不安は隠して、なんでもないことの様に言ってみせる。


「……そうね。うん、そうよね。リリエルの策略と私の強さがあれば、どうにでもなるわよね」


「……なんか人聞きが悪いな」


「あははっ!!」


珍しく豪快に笑うローザ様を、目を細めて眺める。

この表情を見られるのは、きっと世界中で私だけだ。

そして、私の辛口をフィルターなしで受け止めるのも、ローザ様だけ。


私はローザ様の「本当」を、ローザ様は私の「本当」を知っている。

これ以上心強いことがあるだろうか。


ゲームの話に、下位互換イベントの話……話したいことは尽きない。


荒波に投げ出されたはずなのに、恐れよりも高揚感が勝っているのが、我ながら不思議だ。


(そうよ、2人ならなんだって出来る)



―― だって私は今この瞬間、正しく幸福なのだから。






―― 転生聖女の幸福譚 第一幕 完 ――

ここまで読んでくださりありがとうございました。

第2部も予定しております。

引き続き、よろしくお願いします。

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