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暗転

静かな回廊に、靴音だけが響く。


神殿の応接室は、淡い光に満ちていた。


長い机の向こう側に並ぶ神官たちの顔は、どれも柔らかな微笑みで――

それでも、背筋に冷たいものが走る。

神官長が、穏やかな声で切り出した。


「お呼び立てして申し訳ありません。

 聖女殿には、いくつかの事実確認のみをお願いしたく」


「……はい」


私の声は、少しだけ震えていた。

神官の一人が、手元の書類を整える。


「最近の“事案”について。

 聖女様が関わった場所で、ある共通点が見られます」


共通点――?火竜の話じゃ、ないんだ。


神官は、丁寧に言葉を選びながら読み上げる。


「研究棟での魔力暴走事件」

「火竜の暴走事故」

「反神殿派による誘拐事件」

「そして――先日の遺跡」


一つ一つが、静かに机の上へ置かれていく。


「そのいずれにも、クロイツ令嬢が現れている」


(――そういう、こと)


「……ローザ様は、全ての事件において、私を助けてくれています」


思わず口をつく。


「ええ。ローザリア様は、その都度“事態の収束に寄与した”と記録されています。それは称賛すべきことでしょう」


私の指先が、ひそかに震えた。


「ですが、同時に」


空気が、少しだけ重くなる。


「“原因に接近していた”とも解釈できる」


背筋が、冷えた。


「リリエル様。

 偶然とは思えない“タイミング”はありませんでしたか」


「……どういう意味でしょうか」


低い声が出た。


はたから見たら、怪しく見える立場。

でも、実際にあの場にいたら――

それはローザ様の機転でしか、あり得ない。


それを、どう言葉にすればいい?


沈黙が落ちる。


神官長は、その沈黙にそっと蓋をするように微笑んだ。


「――分かります。

 あなたは、彼女を信頼しておられる」


(……違う意味で受け取られた)


胸が、ずしんと重くなる。


「ローザ様が現れなければ、私は今ここにいません」


いや、まぁそれはちょっと嘘だけど。

でも、客観的に見れば真実のはずだ。


一瞬、神官たちが黙り込む。


神官長が、静かに口を開いた。


「リリエル様は、お優しい」


「何を――」


「遺跡の異変の際も、私共のぶしつけなお願いを聞いて下さった。

 けれど、だからこそ、私たちがあなたを守らなければならない」


「だから――!!」


話が通じない。怒鳴りかけた喉を、無理やり押し殺す。

息を整え、なんとか言葉だけを選び取った。


「……推測を、事実のように扱わないでください。

 “そう解釈したい”前提で積み上げられた話に、聞こえます」


声が震えないよう、指先を握りしめる。


沈黙が落ちた。


「これは、リリエル様を守るための措置です。

 信仰の秩序を、正しく保つためにも」


「―—私を守るため、ですって?」


「はい」


(違うでしょう?

 神殿の威厳を、守るためでしょう......!!)


帰り道。

白い石畳が、やけに遠く感じた。


最初から見ているものが違ったのか、私が変わっただけなのか。いや、それよりも重要なのは。


(物語が、もう出来上がってきている)


嫌な予感が、骨の奥に沈んでいった。




翌日の放課後。


学院の鐘が鳴り、空気が止まる。


「……学園広間に、集合だそうだ」


その言葉で、すべてを悟った。


(広間……)


私は足を止められなかった。


導かれるみたいに、広間へ向かう。


――そこには、ローザ様がいた。


胸の奥で何かが崩れ落ちる。



(どうして)


頭の中がぐるぐる回って、何を考えていいのかわからない。


(悪いようにはしないって、言ってたじゃない!!)


『リリエル様は、お優しい』


先日の神官長の言葉が浮かぶ。

なんて屈辱なんだろう。

私が訴えた事は、たったその一言で片づけられて。


(無責任に優しい人になんて、なりたくなかったのに……!)



――いや、違う。


私はこうなることを知っていたじゃない。


でも。


あの遺跡の結末が大きくゲームと違ってから、

少し希望を持ってしまっていた。


ローザ様が私を虐めたことなんてなかったし、

そう言う噂だってなかった。


だから断罪なんてできっこないと、どこかで油断したのも事実だ。


(もっと、計画的に動くべきだったのに)


気付いたときにはもう止められなかった。

そうなる前に、動いていれば――


(でも……私に、一体、何ができた?)



ゲームのイベントの結末が変わったのは、全部、ローザ様のお陰だった。


そう。


(私自身が自分で変えたことなんて、一つもないんだわ)



殿下が次々にローザ様の罪状を読み上げていく。

いつも通りの完璧な姿。


(もう!証拠なんてほとんどないのに、どうしてだれも突っ込まないの!)


空気に呑まれているのか、それが強制力なのか。


(第一、殿下はそんな、無能じゃないでしょう?)


.....わかってる。

これはきっと、殿下ができる精一杯なんだ。


殿下には、”王太子”という役割があるから。


(ローザ様の行動の意味付けを、魔女から逸らした。それは、わかる。

でも――)


頭では理解できる。けれど納得出来ない。


ローザ様を見ると、なんだかぼーっとしている。

この間と同じ表情。

きっと今日のおやつの事でも考えているのだろう。


――本当に?

この間のローザ様は、今考えればなんだかおかしかった。

いつもおかしいけど、なんていうか……


(ねぇほんとしっかりしてよ!自分の事でしょ?

 普段の切れ味はどうしたのよ!)


それとも――


(それが、悪役令嬢の役割、なの?)


背中がぞくりと震える。


――殿下もローザ様も、みんな。


みんな、強制力に囚われてしまった。


「可憐なリリエル、可哀想に、こんなに震えて」


あくまで”役割”を演じるかのようなジュリアン殿下の声に、私の中で、何かが切り替わった。



そう。


これは――怒りだ。




「お待ちくださいませ!!」


広間の空気が、一気に冷えるのを感じた。

震えそうになる声を抑えるように、自身を奮い立たせる。


「その“証拠”とやら──

もう一度検証なさってくださいませ。

それが意図的に作られたものでないのならば」


何でもないふりをして後ろに控えている神官たちに鋭い目線を送る。

言いながら、お付き合い宣言で昂ぶった気持ちが少しずつ冷えていくのを感じる。


神殿の名誉のために、女性一人を犠牲にしようとする人たち。

自分たちは表に立たずに、結果だけ、享受しようとする人たち。


(私に盾突かれるなんて、思ってもみなかったでしょうね。

 私はずっと”優しくて”御しやすい存在だったでしょうから)


「り、リリエル、一体どうしたのだ」


殿下が神官たちの空気を察して、戸惑うように私に問いかける。


(こんな殿下、初めて見たわ。

 見た目も魔力も兼ね備えた、完璧と名高い王子様。

 でも結局――)


私は一拍、息を整える。


()()()()()()()()()の、つまらない男)


……結局、そこから逃れられない人。


胸が少しだけ傷んだ気がするけれど――

私はそれに、あえて気付かないふりをした。













次回、1部最終話です。

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