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あれから三日が経った。


火竜が眠る遺跡は、嘘のように静まり返っているらしい。


遺跡到着時の光のパフォーマンスの効果もあるのか、

「私と殿下が力を合わせて遺跡を封印した」という噂は、

遺跡付近だけでなく、王都中に広まっている。


もちろん、学園にも。

まるで学園そのものが舞台装置になったみたいに、どこを歩いても視線と噂がついてくる。


「聖女様よ!」


「遺跡の封印を成功させたんですって!」


「殿下との共鳴魔法らしいわ」


「まぁ……!

 リリエル様が殿下とだけ共鳴できるというのは

 本当でしたのね……!」


「愛の力かしら?」


「昨日も殿下の私室から出てくるリリエル様をお見掛けしたって……」


(違う!いや違わないけど!!なにこのデジャブ感)


突っ込みたい気持ちを表情には出さずに歩く。

ポーカーフェイスも聖女のスキルのひとつに違いない。

イベントごとにレベルが上がっている気がする。


(まぁでも、うまくいって良かったわ。

 ”そういうこと”になっているのも強制力かしら。

 今回ばかりは有難いかも)


今のところ、私と殿下の噂は独り歩きしているけれど、実際の恋愛イベントは発生していない。


(報告書作成のためとか、口裏合わせには呼ばれてるけどね!

 それはもちろん喜んでやるけれど、問題は……)


廊下の窓から中庭を見下ろすと、ローザ様の周りに人だかりができている。


(まだローザ様とクレープ屋さんに行けていないってこと.......!)


イベント前はそんなものかと思っていたけれど、終わった今も、なかなかタイミングが合わない。


最近ローザ様の親しみやすさがバレてきたのか、休み時間になると、貴族子女たちが入れ替わり立ち替わり話しかけるのだ。


放課後に声をかけようと思っても、私が殿下に呼ばれたり、神殿に呼ばれて神官の不手際を謝罪されたり……。


(今日こそ、誰にも呼ばれませんように......!)


そう思いながら手際よく帰りの支度をしてローザ様の方に視線を向けると、後ろから声をかけられた。


「リリエル様、ジュリアン殿下がお呼びです」


(うわぁん!今日もダメだったーーー!)


好奇心と憧れが混ざった視線を受けながら、私はトボトボと殿下の私室へ向かった。



「やはり、黒い石を運び込んだのは反神殿派で間違いなかったよ。

 リリエルの言っていた生贄というのも、

 どうやら夜巡の底を復活させるための儀式に使おうとしていたらしい」


「げっ......もしかして、夜巡の底に落とすつもりだったんでしょうか……」


「いや、負の感情が必要だといったようなことを言っていたようだ」


「負の感情......」


「そのあたりはまだ取り調べ中だけれど——  詳しいことは、もうわからないだろうね」


「遺跡はどうなりますか?」


「そこなんだ。  放っておけば、また反神殿派の隠れ蓑になってしまう。  ——あそこの扱いを曖昧にしてきたことが裏目に出ている」


殿下は、少しだけ苦い表情で続けた。


「王家で監視を強める……そのあたりが落としどころかな」


「火竜は——」


言いかけたところで、殿下の眉がわずかに動く。


「——引き続き、見なかった事にしてもらえないか。

 詳しくは言えない。

 すまないね。リリエルも当事者なのに」


「いえ、教えてくださってありがとうございます」


(……神殿との調整が大変なんだわ)


胸の奥に、小さな不安が沈殿する。

――その疑問は、すぐに形を持った。



「ねぇねぇ、火竜の噂、聞いた?」


「ええ、亡くなってしまったんでしょう?もうずっと昔から学園にいたんだもの。恐ろしかったけれど、寂しいわね」


「それが、実は亡くなったんじゃなくて、逃げたという噂があるの」


「それ、私も聞いたわ。なんでも、先日の昼に火竜が飛んでいるのを見たものがいるそうよ」


「ええ?でも、あの事件のあとまた封印したんじゃ……」


「わたしもそう思っていたのだけれど……

 よく考えてみて?」


ひそひそ声が、自然と私のほうへ流れてくる。


「封印って、光魔法でもかなり難しいものでしょう?誰でもできるものじゃないのよ」


一斉に視線が私に集まる。


「――リリエル様が封印魔法を完成させたのって……」


遠慮がちに質問が飛んできて、心臓が跳ねる。

一瞬なんて答えようか迷ったけれど、嘘をついても仕方がない。


「……遺跡調査に向かう、数日前よ」


「ええ!それならやっぱり......」


新たな物語の始まりの予感に、場が沸き立つ。

私は慌てて言葉を続けた。


「でも、封印自体は光の護符があればできるんじゃないかしら。結界もそうでしょう?

 それに――火竜を拘束していた鎖自体にも、封印の力がこもっているはずだから」


我ながら、確信も無いのに良く口が回る。

私はいったい、誰の代わりに喋っているのだろう。

王家なのか、神殿なのか。


「そ、そうでしたのね。それなら、封印はきちんとされていたのかもしれませんわね」


「え、ええ。逃げたのならもっと大事になっていますわよね」


少しだけ気まずい空気が流れる。

——その空気を払うように、ひとりが笑った。


「……ふふ、私、ローザリア様が火竜に乗って空を散歩していたんじゃないか、なんて、思ってしまいましたわ」


一瞬で、柔らかな笑いに包まれる。


「まぁ!それは神々しいお姿に違いありませんわね!」


「俺たち最初から言ってたじゃないか!

 ローザリア様が火竜に乗ってたらしいって!」


令息たちまで噂話に加わって、憧れと熱の混じった空気が広がっていく。


(わぁ……事実ってのがどうにも笑えないわ)


「……やめとけよ。神殿に聞かれたら面倒だ」


呟くように発せられた男子生徒の声に、一瞬ぞくりと背中が冷えた。


けれど、その声はどうやら私以外には届いていない。


好意的な噂。普通に考えたら、噂の域を出ないはずの話題。


——けれど。


(物語が勝手に形作られてくこの感じ――

 私が聖女になった時と、おんなじ......)


言いようのない不安が、胸の奥で静かに広がっていった。



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