闇の魔力は、巡らせる
気づいた時には、砂埃と石の匂いの中に立っていた。
(ちょっと……!!封印を張りなおすどころじゃないんですけど....!!)
連続で落ちてきていた黒い石はようやく途切れたけれど、もはや完全に元の封印が機能していない。
夜巡の底から何かがあふれ出して、昼のはずなのに、夜が広がっているみたいだ。
夜があふれ出して、昼を吸い込んでいくーー
そんな感覚。
ドンっーー
大きな揺れと共に、柱の一つが倒れた。
(これ、止めなきゃ......!!でも、どうやって?)
入口に結界を張る。
瞬間、地揺れと共に黒い石がぶつかり――
ぎし、と表面を抉るように突き破っていった。
「リリエル!結界は無駄だ!治癒魔法をつかえるか?」
「は、はい!」
遺跡を覆うように聖女の治癒を降らせると、
世界が一度、息を吸い込んだように明るさを取り戻す。
穴の周囲だけが、まだ夜を抱え込んでいる。
(治癒って浄化とおんなじなのね)
ゲームでは”浄化”をしなかったから、気付かなかった。
頭の隅っこでどうでもいいことを考えながら、
私は懸命に浄化を続ける。
(でも、これ、さすがにキリがなくない!?)
穴からどんどんあふれてくるから、浄化をやめることはできない。
私は自己治癒も発動させた。
同時に、さっきまで遺跡中に行き渡らせていた治癒の光の範囲を、少しずつ狭めていく。
自己治癒で光が回復するなら、光を出し惜しみする必要なんてないって思うかもしれないけれど――
共鳴魔法の練習でなんども気絶した日の夜の、
身体が空っぽになったみたいな不思議な感覚。
多分、あともう一回気絶してたら自己治癒は発動しなくて、しばらく回復しなかったと思う。
その場では気が付かなかったけれど。
(クラヴァ―ル先輩の魔力暴走の時は、
のんきに永久機関じゃない?とか思ってたわね)
とにかく、何が起こっているかわからないなら慎重にやるしかない。
―—その時。
「聖女殿――危ない!!」
ライナーの声と同時。
何が……と思うより早く、どさっ、と大きなものが落ちてきた。
鈍い音が石畳を叩き、粉塵がぱっと弾ける。
思わず身を引くと、ライナーが私の前で剣を構えた。
「侵入者か!?」
視界の奥――
粉塵の向こう、まだ残っている夜の中で、キラリと光が動いた。
「……あーー……痛った……」
聞き慣れた声だった。
「ローザ様!?」
黒い石がぐるりと敷き詰められた、その中に――
ローザ様が、普通に、落ちて座っていた。
殿下が、かすかに目を見開く。
「ローザリア、なぜここに――」
「ちょっと……覗いてたら、足を滑らせて」
淡々と言いながら立ち上がり、ローザ様はパンツの埃を払った。
まるでその辺で乗馬でもしてきました、といった風情。
こめかみに石粉がついたまま、境界の石をぺし、と軽く叩く。
「……やっぱり。闇の魔力ね」
(やっぱりって何!?)
状況が唐突すぎてついていけない。
「クロ!おいで!!」
ローザ様が天井に向かって声をかけると、天井の亀裂から、ゆっくりと、火竜が下りてくる。
炎の翼が広がって、影を作る。荘厳なその姿はまるで――
(ん?まるで、何だっけ)
色々なことが起こりすぎて、思考が回らない。
――ぶわっ………!
また、夜巡の底から何かが噴き出した。
「あぁ、押し込めていた余剰ね」
ローザ様が手をかざすと、ふっと収まる。
「クロ、ちょっとだけ待っていて」
そう言って、ローザ様は夜巡の底――岩場の穴に近づいていく。
「ローザ様、あぶな……」
瞬間、なにか熱のような――
はっきりと言葉に出来ないけれど、空気の流れが変わる感覚が頬を掠めた。
(これ、クロイツ領に行くときの馬車で感じたのと同じ――
闇の、魔力?)
ローザ様の髪の毛が、ふんわりと逆立っていく。
(何を、しているの)
殿下の方を見ると、殿下はローザ様を食い入るように見つめている。
「ローザリア」
「何ですの」
「何が……わかる」
少しだけ息を詰めたような殿下の声。
それでもローザ様は振り返らない。
「ここ、言葉のとおりよ。
巡らせる場所」
指先で境界石を撫でる。
言葉遣いがいつもの殿下に対するものと違っていて、何かに集中していることがわかる。
「地脈の滞留。
魔力の偏り。
過剰の沈殿。
――底へ還し、また巡る」
(そうだ、ゲームの遺跡に刻んであった言葉)
「けれど、封印されてしまったから」
ローザ様は視線を穴の奥へと落とす。
ぶわ、と底からまた一陣が吹き上がった。
私は思わず治癒の光を降らせようとした。
けれどローザ様がそれを制す。
「見ていて」
しばらく吹き上がった後、静かになっていく。
「放っておけば、勝手に巡るわ。循環装置みたいなものね」
「それじゃ、なんで封印されて――」
「さあ?余剰が集まりすぎて暴走したとか、そんなところじゃないかしら?
自然に収まるのを待てなかったのね。それか、政治的な判断かしら」
ローザ様がちらりと殿下に目線を送る。
「なるほど、今の神殿が、暴走したものを無理やり封印したなら――」
クラヴァール先輩は眉間に皺を寄せたまま、独り言のように続ける。
「ええ、巡れずに、溜まって膨れ上がっていたんだと思うわ」
「――しかし、再度封印しないわけにはいくまい」
「ええ、そうですね。封印しないでまた地震やトラブルが起きれば――」
「その必要はないわよ」
2人の会話を、ローザ様の軽い声がさらりと上書きする。
「どういうことだ」
「クロ」
火竜が、ローザ様に頭を擦りつける。
「火竜.....」
ライナーが熱の混ざる奇妙な表情で呟いた。
「クロは、闇の魔力が好き。
火の流れを整えてくれるから。
それに、火竜は――余剰を燃やすのよ。
夜巡りの底も、いい循環が作れると思うわ」
”火竜は変化を促す存在”
殿下の言葉が脳裏によみがえる。
(余剰を燃やす、変化を促す――それって)
「まさか、夜巡の神って……」
問いのように呟いた私に、
ローザ様がにっこり微笑む。
(夜の危険を表す言葉だと思っていたのに……!)
火竜が、喉の奥でぐる、と低く鳴いた。
夜巡りの底から吹き上がる闇の気配が、微かに沈んでいく。
「ねぇ、クロ」
ローザ様がそっと火竜を撫でる。
「少しだけ、眠っていてくれる?」
火竜はふ、と息を吐くように炎をしぼませた。
緩やかに、ローザ様へ鼻を摺り寄せた後――
静かに、岩の間の穴に入っていく。
一瞬穴から光が煌めいて、しん、と静まった。
次回、土曜日20時更新です。




