現実も巡り始める
あのあと、沢山用意されたアイスクリームに果物のソルペを堪能した私は、幸せな気持ちで一日ぶりの寮に戻った。
(ローザ様、きっと朝から私の為に準備してくれていたんだわ)
布団に包まりながら思う。
昨日の夜も、思えばものすごく気を使ってくれていた。
公爵邸に到着してすぐに用意されたスープ。
湯殿で温まった後にも、ハチミツ入りのハーブティーが用意されていて。
(ふふふ、クラヴァ―ル先輩の暴走事件の時だって、
焼き菓子を用意してくれていたしね)
天然だ破天荒だなんて言っているけれど、よく気が付く人なのだ。
火竜の件だって......
(いけない、今日はもう考えるのをやめるんだった)
どうせすぐにまた遺跡イベントに駆り出されることになる。
(体力も、大事よね。
聖女の治癒力のお陰で、体力には自信があるけれど)
私は努めて考えないようにして――
深い眠りに沈んでいった。
「リリエル、まだ帰らないのかい?」
翌日の放課後。
黒い石がやっぱり気になっていた私は、研究棟に向かう途中で
ジュリアン殿下に声をかけられた。
「はい。ちょっとクラヴァ―ル先輩に会いに。
殿下こそ、このあと何かあるんですか?」
「偶然だね。私もクラヴァ―ルに用があって、
今向かおうとしていたところなんだ」
「あ、もしかして、黒い石の......」
「おや、クラヴァ―ルから聞いたのかい?
それもあるけど、実は大規模魔法の相談をしにね」
「あ、前に話していた、私との共鳴の......」
「うん、そうなんだ。
君が聖女の治癒を覚醒したときに、思いついたことがあって」
「わぁ、それ、私も聞きたいです!」
「今日はまだ理論の相談だけのつもりだけど......
それじゃ、一緒に向かおうか」
「はい!」
殿下と中庭を歩いていると、またもやひそひそ話が聞こえる。
「またあの二人、一緒にいらっしゃるわ!」
「リリエル様が誘拐された時ーー
殿下と一緒に街にいらしたそうよ」
「ええ?それってもしかしてーー」
(いや、違うから!違わないけど!ローザ様もいたから!!)
ちらりと殿下を横目で見ると、珍しく苦笑いをしている。
「まぁいいんだけれど……
はぁ。私たちは今後もこういった噂は付きまとうだろうね。
一昨日の事件についても、まだリリエルに協力してもらわないといけないことはでてくるだろうし」
「そうですねぇ……」
一昨日の事件どころか、この後に起こる遺跡イベントだって、一緒に行動するのだ。
他の攻略対象者も一緒とは言え、この調子だと、また殿下と私のデートかのように言われかねない。
研究棟に入って、ようやく人の目が落ち着いてほっとしたのもつかの間。
「おや、二人そろって、デートですか」
クラヴァ―ル先輩の研究室に入った途端、淡々とした声が降ってきた。
(先輩まで何言ってんの!)
思わず苦笑いが漏れる。
「ははは。さっき中庭で会ってね。
リリエルもクラヴァ―ルに用事があるみたいだったから、一緒に来たんだ」
「リリエルが?もしかして、昨日の石の件か?」
「はい。ちょっと気になってしまって......」
「――まずは心理ケアが先だと伝えたつもりだったが」
「自分に何が起こったのかを知ることも、ケアの一つじゃないですか?」
「……まぁ、仕方がないか」
クラヴァール先輩は、ほんの少し呆れた調子で、小さくため息をついた。
「もう何かわかったのかい?」
「大したことはわかっていませんよ。
この石は、闇の魔力を吸収する力がある、ということくらいでしょうか」
「……なるほど。闇の魔力を」
「ですが、大量には保持できないようです」
そういって、粉々になった黒い石を見せる。
「試しに私の魔力を流しましたが……
ほんの少し流しただけでこの通りです」
「……何か意味のあることをしようとしたら、どれくらい必要だろうか」
「規模によるので何とも言えませんが……
そもそも闇の魔力が大量に存在していたとして、
それを有効に利用するのは難しいでしょうね」
「となると、石そのものに意味があるのか」
「まぁ、荷台いっぱいの石があったとして、
私が魔力暴走を引き起こしたときのようなことには
ならないはずです。
部屋が暗くなるくらいは起こるかもしれませんが」
「うーん、それなら神殿の光に対しての”象徴”として集めている可能性もあるかな」
「それはあり得ますね」
(闇は、光を吸収する......)
なにか、引っかかる。でもそれが何かわからない。
「リリエル、大丈夫か」
「あ、はい!すみません!!」
「期待に応えられなくて申し訳ないが、まぁわかったのはこの程度だ」
「い、いえ、ありがとうございます。教えてくださって。殿下も、用事があったんですよね?」
「そうそう、大規模結界の理論をつくれないかなと思って。他にも……」
その殿下の言葉を皮切りに、二人は熱のこもった議論を始めてしまった。
大規模結界に、他の機能を付加した結界。
殿下のアイデアは尽きないようだ。
(……結界、というより)
殿下たちが話している内容を、頭の中でなぞる。
――光で沈静化して、閉じる。
(ほぼ封印ね)
なるほど。
ゲームの遺跡イベントで”力を合わせて封印する”というのは、こういうことだったのか。
(その場の勢いで封印できたわけじゃないのね)
また一つ、ゲームでは見えなかった部分が、現実の形を持って浮かび上がった。
「私は何をすればよいのでしょう?」
「うん、そのあたりはちょっとクラヴァールに整理してもらおうかな」
「調整するのは主にこちら側でしょうね。
殿下とリリエルで治癒と結界を同時に展開しつつ、
そこに他の魔力をどう付加していくか」
――よくわからないけれど、多分出来るようになるのだろう。
だって、出来なければイベントがクリアできないから。
(ってことは、この共鳴がうまくいくようになることが、イベント発生の裏条件になりそうね)
今回のイベントは、聖女の能力の覚醒ではなくて、恋愛要素がメインだ。
つまり、いつもみたいに綱渡りみたいなことにはならない。と、思う。
(まぁわからないけどね!)
「じゃあ、私はそろそろ失礼するよ」
「え、もう、ですか?」
でっきり、少しくらい共鳴を試してみると思っていた。
「うん。まだまだ処理することはたくさんあるんだ。
いい息抜きになったよ」
「……反神殿派が絡んでいるとわかったからですか?」
「それもあるね。神殿とも連携をとらないといけないから」
「火竜は……」
「そこに関しては、しばらく見なかったことにしてもらえると助かる」
「……わかりました」
「すまないね」
「いえ、そんな」
取り残された私とクラヴァ―ル先輩の間に、ほんの少しの沈黙が走る。
「―—殿下も大変だな」
「私、実務的なことは王族ではなくて、補佐の人がやるのかと思っていました」
「なまじ優秀だと、任せるより自分でさばいたほうが早いからな」
「なるほど」
「役割と能力がかみ合いすぎるのも困ったものだ。
リリエル、君もだ。気を付けろ」
「私はまだ、役割に負けてますけどね」
「そんなことはないだろう」
「いえ、まだまだこれからなので」
「ふっ……そうか」
封印に、黒い石。
まだまだ不確定要素は多いけれど、具体的な道筋が見えてきたのはいいことのような気がする。
(まぁ、なるようになるか)
私は少しだけ明るい気持ちで、研究室を後にした。
次回、1月2日金曜更新。
よいお年をお迎え下さい!




