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予定外の、予定通り

学園生活には、大小さまざまな“イベント”が存在する。


攻略対象との恋愛イベントはもちろん、「聖女は守られるべき存在だ」と印象づけるだけの演出のような出来事まで。


……これの何が嫌かって、私、毎回気絶するのよね。


よくある「か弱いヒロインの目眩」なんて可愛らしいものなんかじゃない。

呼吸ができなくなるほど苦しんだ末の、本気の気絶。



……なんなの、その恐怖と理不尽の象徴みたいなイベントは。



ローザリア様との出会いが鮮烈だったから、実は少し期待をしていた。

今まで「強制力に逆らえない」と思っていたこと気のせいだったのではないか、と。


明確な意思をもってすれば、もしかしたら少しは変えられるのかもしれないという、ちょっとした希望を持った私は、この最初の中庭イベントを避けるべく行動していた。


ちなみにローザリア様との出会いはイベントじゃなくて"シナリオ"ね。だから、これが正真正銘、初めてのイベントなのよ。




――この最初のイベントが起こるのは、入学直後、放課後の中庭。

私は上級生に囲まれて、魔道具で遊ばれるのだ。


耐えきれずに失神してしまう私は、失神後回復のために淡い光を放つ。

そこで生徒に「本当の聖女だ」という印象をつけるってわけ。

 

このイベントの何が恐ろしいかって、選択肢が

「耐える」か「反撃する」しかないってとこ。


「反撃する」を選ぶと、私は魔力の暴走を起こして、上級生をズタボロにしてしまう。

そして退学処分となってしまい、ゲームオーバー。



学園になんか来たくなかったんだから、ゲームオーバーでもいいって思うじゃない?

それがね、退学処分ってものすごく不名誉なことだから、私の人生も、実家も、ジ・エンドなのよね。



つまり、私はこのイベントは耐えるしかない。



魔道具で魔力暴走を起こされかけてるのに失神するまで耐えるって、なんの拷問なんだろうか。


暴発したほうが楽。


暴発したら上級生数名を半殺しにするくらいの力を、外に出ないように身体の中にため込むってことだから。



そんなわけで、放課後の中庭を通らないように過ごして1週間がたった頃、事件は起きた。





先生に頼まれごとをされたのは、その日の昼休みのことだった。


「リリエルさん、悪いのだけれど。温室の台帳を事務棟に運んでもらえる? 

あなたの手なら清めの魔力が宿るし、助かるわ」

「わ、私がですか?」

「ええ、お願いできると嬉しいわ」


一瞬思考を巡らせるが、断る理由がない。

私はため息をついて、包みを受け取った。

中には、魔植物の苗と小瓶に入った青い液体。

温室の管理担当──上級生の研究班に届けるものらしい。


――昼休みだし、大丈夫よね?

頭の中でざっと構内の地図を確認する。

温室は中庭の奥にあるけれど、図書館側の回廊を通っても行けるはずだ。



(どうか、何も起きませんように)



階段を降りる途中で、窓の外に目をやる。

今日は少し曇っているせいで、差し込む光が少ない。

廊下を曲がるたびに光の色が変わり、空気が少し重く感じられた。


図書館側の回廊は少し遠回りだ。貴重な昼休みだが仕方ない。

無事に届けたら読みたかった本でも借りて帰ろう・・・・なんて考えながら図書館前の回廊まで来ると、「通行止め」の札がかかっている。

反対側の回廊は鍵がかけられていて、通れそうにない。


(あぁ、これは)


残る道は一つ──中庭沿いの回廊。


――嫌な予感が、背筋を冷たくした。


周囲に人影がないのが逆に不自然だと思った矢先、

花壇の陰から声がかかった。


「おや? 噂の聖女サマじゃないですか?」


軽い声が飛んできた。

上級生の男子が数人、噴水の横に腰かけている。

手には魔道具。


「ちょうどいいところに来たな。君の魔力、少し見せてくれよ」


冗談めいているのに、どこか“本気”の温度を帯びた声。


(避けられなかった……)


私が避け続けてきた“学園最初のイベント”。

この軽薄な空気のあとに、確実に痛みと絶望が来る。


「わ、私、先生に頼まれた荷物を──」

「まぁまぁ、すぐ終わるって。

 聖女サマなら、ちょっとくらい遅刻したって平気だろ?」


一人が笑いながら、手の中の魔道具を見せる。


(ストレステスター……!なんで、こんなもの持って……!!)


掌ほどの魔道金属に、淡い青の光が脈を打つ共鳴宝石がはめ込まれている。


正式には「魔力共鳴安定測定具」と呼ばれる研究用の装置。

聖女の魔力を調べるため、神官立会いのもとで何度か使ったことがある。


扱いを間違えると危険だから、学園では研究班だけが持っているはずのもの。


(まさか……盗んできたの?)

いたずらにしては、随分タチが悪い。


ゲームでは“魔道具で魔力が暴走しかける”としか書かれていなかった。

まさか、その魔道具がこれだなんて。


(思っていたより、深刻なイベントね)


喉の奥が、ひとりでに乾いた。


「ほら、聖女サマ。手をかざすだけでいいから」


軽い声とともに腕を取られた。

一瞬抵抗しようとしたけれど、思ったより力が強くて、持っている包みごと手を引かれてしまう。

足元に落ちた瓶の音が遠くで響いた気がした。


「やっ……!やめて……!!」


円盤の表面に触れた瞬間、空気が震えた。

淡い光が走り、金属の奥で魔法陣が低く唸る。

その波が、肌の下を逆流するように流れこんでくる。


(……だめ、それは出力が高すぎる……!)


そう思って声を出そうとしたのに、喉が動かない。

何かを叫ぶより先に、痛みが体の中を駆け抜けていく。

骨の内側で魔力が擦れ合う音がして、視界が一瞬白く弾けた。


「……っ!っう……っ!」

悲鳴が喉元でつかえて声にならない。


「見ろよ、光ってる! 聖女サマすげぇ!」

「へぇ、ホンモノの聖女なのか!」


彼らは防衛反応で光る私を見て笑っている。


(あ、私、気絶した後光るんじゃないんだ……)


こんな時なのに的外れな事を考えてしまうのも、防衛反応のひとつなのだろうか。

神官との魔力測定では、出力はごく僅かに調整されていたから、自分がこんな反応をすることを初めて知る。


歓声が遠くから降ってくるみたいに響いて、その無邪気さが恐ろしかった。


身体の中で、ストレステスターと私の魔力がぶつかって暴れている。

いっそ暴走させてしまいたいけど、なけなしの理性がそれを抑える。


気絶してしまえたら楽なのに、聖女の回復力は、それすら許してくれない。


「もっと光らせろよ、まだいけるだろ」


(レベル……上げた……?)


笑い声と、噴水の水しぶきが遠のいていく。


「や……! やめ……!」


気絶するまでの時間。

それが、このイベントの正解ルート。

分かってる。終わらせたいなら、耐えるしかない。


けれど、想像していたよりもずっとーー


息を吸うたび、肺が焼ける。

腕が勝手に震え、爪が掌に食い込む。

視界の端で、白い光が滲んだ。


(これ、いつまで……)


そう思った瞬間、

誰かの魔力が、別の色で重なった。


空気がふっと静まり、

痛みが、音ごと吸い込まれていく。


「目を閉じて。……リリエル」


遠くで、穏やかな声。

でも、その響きは強くて、揺るぎなかった。


金属音。

砕けた光。

頬に何か柔らかいものが触れた。

花の香りが混じる。


「もう大丈夫よ」


その一言で、緊張がほどけた。

体の力が抜け、痛みではなく、安堵で……

私は、そのまま意識を手放した。

見つけて下さってありがとうございます。

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