思考も巡る
「あ、リリィ、ここにいたの」
殿下の私室から教室に戻る途中。ローザ様に声をかけられた。
「ローザ様!もう、どこにいたの?
授業にも全然いないし......」
「ふふ、ちょっとね。クロにお礼をしに」
――殿下の疲れ切った表情がふっと脳裏に浮かんで、
何とも言えない気持ちになる。
「ローザ様、いつからク......クロ様?と......」
なんだろう。
仲良くなった? 主従? 協力関係?
ぴったりな言葉が見つからなくて、語尾が曖昧になる。
「ん? 昨日、初めてちゃんと話したわよ。
少しだけ残ってた封印を片づけるから、手を貸してって」
「え……っと......。
それは、どういう……」
どこから突っ込むべきかわからなくて、またもや尻すぼみになってしまう。
「さすがに彼ももう年だから……
封印が中途半端なままになってしまっていたみたい」
「うん、ごめんそこじゃない」
しまった、また素でツッコみをいれてしまった。
でも、そんなことを気にする人じゃないのは知っているから、私も気にしないことにする。
「その、お礼というのが、封印の解除?」
「いいえ、封印の解除は昨日したわ。
今日は、魔力の流れを整えたの」
「流れ?」
「ええ。多すぎる火を、うまく循環させられなくなっていたみたいだから」
それだけ言って、ローザ様は肩をすくめた。
「……名前の由来を聞いても?」
「そうねぇ、私の闇の魔力を気に入ったみたいだったから、かしら?」
……闇だから、黒。
ローザ様って、教養もかなりあるはずなのに、なんというか、要所要所で雑だ。
「封印、解いちゃって大丈夫だったの?」
「ええ。あの時ほとんど解けていたしね。
私は残ったものを掃除しただけよ。
もともと押さえつけなければ暴れるような子じゃないのよ、そもそも」
「えっと......
ローザ様は、大丈夫?」
「体調なら、昨日のリリエルの治癒ですっかり元通りよ?」
「そうじゃなくって。いやそれもあるんだけど......」
責任問題とか、火竜との契約とか。
そもそも火竜とは契約関係なのかどうなのか、とか。
(なんだか、嫌な予感がするのよね)
反神殿派と紙一重だという殿下の言葉が妙に胸に残っている。
ローザ様は、圧倒的すぎるのだ。
私にとってはヒーローだけど、だからこそ。
机の縁を指でなぞる。
そこに残る小さな傷が、急に現実の重さを持った。
「……リリィ?」
黙ってしまった私をローザ様が覗き込む。
「……無理は、しないでね」
それ以外に、なんて言っていいのかわからない。
「ええ?なにも無理なんかしてないわ」
「でも、昨日は……」
「私がしたくってしたことよ。
もしそれでお咎めがあったとしても」
「……私は、嫌よ。それでもしも......」
言いかけたタイミングで、授業開始のチャイムが鳴る。
良かった。
余計なことを言ってしまうところだった。
分かれ際、空気を変えるように話を切り出す。
「ローザ様、放課後、今度こそ護符飾りを見に行かない?」
「いいけれど……リリィこそ無理しちゃだめよ」
「私は大丈夫。それじゃ、また後で」
授業を受けながら、さっきの殿下との会話を思い出す。
『なるほど、反神殿派か――』
『はい、生贄という会話、それに、神官長の命を狙っているようでした』
『神殿前の馬車の事故も仕組まれたもの、ということか』
『はい。最初から私を狙っていたみたいです』
『ーー油断していたよ。本当に申し訳なかった』
『いえ!そんな!!殿下のせいじゃありません』
『いやーー光継祭で君の存在を公にした以上、
こういうことが起こるというのは想定できたはずなんだ。
王家の落ち度だ』
『それは……』
『一歩遅かったら取り返しのつかないことになっていた。
はぁ。またローザリアを責められない理由が一つできてしまったな。
ーーリリエル、君は、知っていたのかい?』
『何を、でしょう』
――反神殿派。夜巡の神。そして火竜。
何か、タイミングが良すぎる。
最終イベントは、遺跡で起こる。
ゲームでは、突如として封印が解けて力を取り戻した古代遺跡を、
攻略対象者全員と聖女が力を合わせて封印する。
けれど突然封印が解けるなんて、現実的に考えたらおかしい。
(その古代遺跡が、反神殿派の象徴なのよね)
ゲームでは、反神殿派という概念自体が存在しなかった。
つまり現実では――
反神殿派が何かをした、と考えるほうが自然だ。
攫われた時に聞いた生贄というのも、
もしかしたら遺跡に関係するのかもしれない。
(でも、生贄として攫ったはずの子供たちは、
殿下が無事に帰したわ。
しばらくは何も起こらないといいのだけれど)
いやーー
でも、ゲームでも子供たちは無事に家に帰ったはず。
誘拐イベントと遺跡イベントの間の時間の流れはどうだったかしら?
遺跡で子供が救出されたという描写はなかったから、
やっぱり遺跡とは別の話なのかもしれない。
それとも、ゲーム上では書かれなかっただけ?
(ああもう!わからない!)
考えるほど、思考が同じところをぐるぐると回る。
結論に辿り着かないまま、
最悪の想像だけが、静かに膨らんでいく。
神官長だって、ゲームには登場しない。
もし......知らないところで反神殿派によって命を落としていたんだとしたら?
もし、別のところから攫ってきた子供たちが、命を落とすようなことになったら?
(そんなのは、嫌)
そこまで考えたところで、気付いた。
(あれ?そう言えば、昨日の反神殿派は、あの後どうしたのだったかしら)
子供たちに気を取られていてすっかり忘れていた。
あとで殿下に聞いてみなくては。
(尋問に参加......は、さすがに許可されないわよね。
出来るだけ情報を集めたいのだけれど)
聖女というのはなかなか立場が難しい。
象徴だけで終わりたくない、という思いが芽生えてばかりだけれど、
だからと言って政治に食い込みすぎるとバランスが崩れる。
(神殿と王家のバランスも、結構難しいみたいだったし)
殿下たちは和やかに話していたし、
護符の件でも責任問題で揉めることもなかったから、
全く気づかなかった。
「リリィ、大丈夫?別の日でもいいのよ」
いつの間にか授業は終わっていたらしく、
ローザ様が心配そうに目の前に立っている。
「今日みたいな日は、甘い物の方が良くなくて?
実は、私室にアイスクリームを用意させて......」
「アイス!!!」
思わず声が弾んでしまう。
「ふふ、じゃあ、予定変更ね」
そう言って、ローザ様はくすりと笑った。
「リリエル、大丈夫だったか?」
ローザリア様の私室へ向かう途中、
クラヴァール先輩とばったり出くわした。
手にしているのは、黒い石。
「先輩、それ……」
「ああ。昨日押収した石から魔力を感じると殿下が。
まぁ研究がてら調べてみるさ」
「魔力......」
全然、気付かなかった。
魔力封じの枷のせいで、石の魔力を感知できなかったのだろう。
「……何かわかったら、私にも教えてもらえませんか?」
「構わないが――」
「リリィ。気になるのは分かるけれど、
そういうことは殿下に任せておくべきだわ」
ローザ様が、やんわりと遮る。
「もう。昨日誘拐されてばかりなのに」
「その通りだな。まずは心理的なケアが必要だろう。
こういう時は……甘い物、だったか?」
そう言って、クラヴァール先輩がローザ様を見る。
「ええ。これからアイスクリームを頂きますのよ」
「それはいい。私が言うのもおかしいが……
リリエルを頼む」
「ええ。任されましたわ」
ローザ様はそう答えて、私の手を取った。
(別に、シナリオ通りだから、そんなにショックを受けているわけじゃないんだけど)
でも、思考がひっきりなしに頭を巡っているのは確かだ。
(うん。やっぱり今日はちょっと休憩にしよう)
みんなが気遣ってくれる暖かさに、ちょっとだけ胸が熱くなった。




