収束
しばらくして、騎士たちが合流した。
状況確認は手短に済み、子どもたちは簡易担架で運び出されていく。
その間、誰も火竜のことには触れなかった。
触れられなかった、というより、どう切り出せばいいのか分からない、といった空気。
(うん。どこから突っ込んでいいかわからないしね……)
「……ローザリア」
殿下が、ようやく口を開く。
ローザ様は、静かに顔を上げた。
「火竜は……君が連れ出した……のかい?」
「ええ、そうですわ」
答えを待つまでもなかった。火竜は身を低くして、まるで撫でてというように、頭をローザ様に摺り寄せているのだから。
「正式な手続きを踏んでいない以上、問題にならないわけがないのだけれど」
ローザ様は肩をすくめる。
「きっと、そうですわね」
あっさりした返事だった。
「始末書で済む話ではないかもしれない。
管理責任、危険度評価、被害想定——」
殿下は途中で言葉を切り、額を指で押さえた。
「……正直に言うと、どこから手を付けるべきか分からない」
その一言で、場の空気が少しだけ緩んだ。
ローザ様は、わずかに笑う。
「緊急事態だった、それだけではなくて?」
「はぁ。リリエルだけでなく君までいなくなってしまって、私がどれだけ焦ったか、わかる?」
「あら、私は先に行く、と声をかけましたわよ」
「普通に考えて、先に行きようがないでしょう。
第一、どうやってリリエルの場所を知ったの?」
「だから、火竜に頼ったのですわ。殿下こそ、どうやって見つけましたの?」
火竜はその言葉が分かったかのように、低く喉を鳴らした。
「怪しい動きをしている馬車をしらみつぶしに当たっただけだよ。子供が攫われたという情報もあったから」
「まぁ、結果オーライではなくて?
殿下は一足遅かったですし」
「……まぁ、それを言われてしまうとね」
殿下は小さく息を吐く。
「救助成功、死者なし。被害も最小限。
……反論しづらい」
私は、そのやり取りを少し離れた場所で聞いていた。
「——ともかく」
殿下が言葉をまとめる。
「この件は、私の管轄だから――
また改めて話を聞かせてもらうよ」
ローザ様は一瞬だけ眉を上げ、それから頷いた。
「任せるわ」
殿下は視線をこちらに向けかけて、何も言わずに、やめた。
「帰ろう」
それだけ告げて、殿下は歩き出す。
「クロに乗っていけば、早くてよ」
火竜がそれに応えるように、静かに翼を広げる。
「私は子供たちを安全に送り届けるから、リリエルとローザリアは先に帰っていて」
「あら、それならクロと護衛しましょうか」
「いや……そうしてもらいたい気持ちもあるけれど、あまり人目に付かないほうがいいだろう」
「では、リリィはクロイツ家で間違いなくお預かりしますわ」
「……お願いする。リリエル、寮には伝令を出しているから、今日はローザリアのところで休んで」
「はい。あ、殿下」
そう言って殿下に触れて、光を込める。
断りなく触れてしまったことに、この時は気が付かなかった。
「……私のせいで、すみません。
がんばって下さいね」
「ありがとう。さっきの治癒もそうだったけれど――
君の光は本当に癒しの効果が高いね」
そう言ってにっこり笑って、殿下は指揮へと戻っていった。
※
王都に戻ったのは、夜が白み始める頃だった。
ジュリアンは執務室に戻ると、外套も脱がないまま机に向かった。
子どもたちはそれぞれの家族のもとへ引き渡され、医師の確認でも命に別状はないと判断された。
騒ぎは一段落した――表向きは。
ローザリアたちが問題なくクロイツ家に到着したという連絡ももらった。
火竜をどうしたのかはーー今は考えないでおこう。
机の上には、火竜の件をまとめた資料と、救出された子どもたちの名簿。
そして「仮記録」と朱書きされた未提出の報告用紙が、何枚も重なっていた。
救助報告。
騎士団の行動記録。
被害状況の確認書。
そして、一枚の白紙。
「……火竜、か」
小さく呟いて、額を押さえる。
報告書の書式には、当然のように「使用魔法」「関与した存在」の欄がある。だが、そこに何を書けばいいのか分からない。
参考までにと用意させた書類を引き寄せる。
《火竜・鎮圧完了》
《以後、鎮静状態を維持》
そこから先は、何も書かれていない。
なぜ火竜が暴走したのかも、誰が鎮圧したのかも。
「……最初から、穴だらけだ」
もちろん事の顛末は知っている。リリエルが結界を張って生徒を守り、ローザリアとライナーが鎮圧した。けれど報告書がぼかされているのは、神殿との関係の曖昧さからだろう。
光の系譜と竜の血脈。
古い伝承では、相容れない存在だ。
それでも学園で竜を保護できているのは、”勉学のため””研究のため”。そう言った大義名分があるからだ。
今回の件を、“火竜を用いた救助”と正確に記録すれば、必ず次の質問が飛んでくる。
――なぜ火竜がそこにいたのか。
――管理体制に問題はなかったのか。
――なぜ騎乗が可能だったのか。
そして、火竜はそのままにしていい存在なのか。
その答えは、今の王国には用意されていない。
ジュリアンはペンを取り、白紙に一行書きかけて、止めた。
《関与した存在:――》
書けない。深く息を吐いた。
「……君は、いつもそうだ」
彼女の行動は、過程が説明できないことが多すぎる。
それを今までは「規格外だから」「天才だから」で見過ごしてきたけれど。
子どもたちの救助報告書に目を落とす。
死者なし。
重傷者なし。
迅速な判断。
結果だけ見れば完璧だ。完璧すぎる。
「……それが、一番厄介なんだ」
ペンを置き、椅子の背にもたれる。
説明できない正しさは、いつか疑いに変わる。
とは言え救助に関してはリリエルの功績も大きいから、ある程度ローザリアのやったことは紛れるだろう。
リリエルは、疑われない正しさを持つ、唯一の人だから。
(彼女じゃなきゃ、ローザリアの規格外についていけないだろうな)
いや、彼女も規格外か。
広がった治癒の光。あれは――理屈では説明のできない力だった。
(私には――いや、聖女以外、一生使えない魔法だ)
必死で、それでも意思のぶれない瞳。
それは、彼女の優しさからくるものなのだろうと思う。
偽物の護符の事件の時もそうだった。
(なぜだか協力したくなってしまう)
ライナーもクラヴァ―ルも彼女には好意的だ。
なにより、ローザリアが心を開いている。
ジュリアンは、報告書の表現を慎重に選び始めた。
《強力な支援により、迅速な救助が行われた》
《詳細は現在調査中》
事実をぼかし、断定を避ける。
(調査中、か。便利な言葉だ)
期限も、責任者も書かなくていい。
誰も嘘だとは言わない。
けれど、何も進まない。
これは隠蔽ではない。
そう自分に言い聞かせながら、文字を連ねていく。
一通り書き終えてペンを置いた瞬間、ジュリアンはようやく、自分の胃が重く痛んでいることに気づいた。
「……火竜の件は、改めて整理しなおす必要があるだろうな」
誰かがやらねばならない。
そして、それは――
ジュリアン自身だ。
(嫌な仕事だ)
窓の外では、朝の光が差し込み始めていた。
明日20時更新します




