流れの中
「で? どこを回ったの?」
ローザ様は椅子に肘をついて、身を乗り出した。
その距離が近くて、思わず瞬きをする。
視察の翌日。
珍しくローザ様が私をチラチラ見ているなぁと思ったら、休み時間になった途端、私の前の席に座って振り返った。
きっと戻ってきた子はびっくりするだろう。
「露店の辺りかな。目貫き通りから広場に抜けて……」
「まぁ、いいわね。あのあたり、美味しいクレープ屋さんがあるのよ」
「それ、行ったわ!すごくおいしかったぁ……。
私はバターと砂糖にオレンジソースがかかっているクレープを食べたのだけど」
「まぁ、それ、私も好きなクレープだわ。
あそのこバターはね、ふふ、
クロイツ領のバターなのよ」
「ええ!知らなかった!
もう、殿下、教えてくれれば良かったのに」
「殿下はキャラメルソースかしら?」
「そう!さすがローザ様!二人は良く通ったの?」
「そうね。殿下が学園に入ってからはないけれど、昔はよく行ったわね」
「へぇ。ね、じゃあ今度ローザ様一緒に行かない?
ほかにも食べたいクレープが沢山あって……」
言いながら、昨日見た露店の光景が浮かぶ。
「そうだ、護符につける飾りも沢山売っていたのよ!それもローザ様と選びたいなぁ」
「やだリリィ、せっかくなら殿下と選んできたらよかったのに」
「……え?で、でも、私はローザ様と……」
最後まで言い切る前に、きん、と澄んだ音が教室に響いた。
授業開始のチャイム。
ローザ様は「あら、もうこんな時間」と軽く笑って席を立つ。
「ランチの時もまた話しましょ、リリィ」
何事もなかったように去っていく背中を、私はただ見送るしかなかった。
(ローザ様の誤解って、どうしたら解けるのかしら)
ランチ中も、話題は終始昨日の視察の事。
ほとんどは普通の会話なのに、時々、妙にローザ様の”気遣い”が見えてしまう。
「ローザ様?私、殿下の事別に……」
「ふふ、いいのよリリィ。私には隠さないで」
(だから、違うのに!!!)
――いや、違うとも言い切れないか。
私は殿下の事、ほんの少し、素敵だな、なんて思ってしまっているもの。
(でも、それは選ばないと決めたわ。なのにどうして、ローザ様が逆の動きをするのよ!)
ランチを終えて、ローザ様と中庭を歩く。
私たちが二人でいることは少しずつ当たり前の光景になってきたみたいで、前ほどわかりやすい噂話は聞こえてこなくなった。
「ローザリア、リリエル」
その時、後ろから優しい声が降ってきて心臓が跳ねる。
「あら、殿下。ごきげんよう」
そう言って、やっぱり半歩、ローザ様が下がった。
「リリエル、昨日はありがとう。
ローザリア、ちょっと話があるんだけ……」
「あらやだ!私、教室に忘れ物!
ちょっと二人でお話していてくださる?」
言いかけた殿下に、ローザ様が勢い良く被せる。
「え?」
「じゃあまた後で!」
そう言ってローザ様はさっといなくなってしまった。
「……次、移動教室なのかい?」
「いえ、普通に教室に戻るだけです」
「「……」」
思わず殿下と顔を見合わせてしまう。
殿下がふぅとため息を吐いた。
「……ローザリアに話さなくてはならないことがあったんだけど。なんだか最近タイミングが合わないんだ」
「あぁ……その、ローザ様は……。
なんというか、色々、誤解してるみたいで」
「……なるほど、そういうことか」
何を、とは言わなくても分かったようだ。殿下も思うところがあったらしい。
「ローザ様って……結構天然ですよね……」
そう言うと、殿下がふっと笑った。
「確かに。破天荒だと思っていたけれど、
天然なのか」
「たぶん、両方ですね」
「ははは!」
(あ、殿下のこんな顔、初めてかも)
ほんの少しだけ目線を下げて笑う姿に思わず見とれていると、こそこそ話す声が聞こえてきた。
「ね、殿下が笑っていらっしゃるわ」
「リリエル様がご一緒よ」
「ねぇ、もしかして、あの二人……」
(いやいやいや、違うから!やめて!)
殿下も聞こえているようで、目くばせしてくる。
「まぁ、仕方ないか。
周りも勘違いするくらいだしね。
そのうち落ち着くでしょう」
「そうだといいんですけど」
ゲームのシナリオでは、私と殿下が結ばれるのが王道ルートだ。
二人の意思とは関係ない何かの力が働くのではないか……そんな嫌な予感が胸を覆う。
「あ、そうだ、リリエルが次に神殿に行くとき、
私もいっしょに行ってもいいかな。
少し調整したいことがあって」
「私、今日行く予定です。ローザ様は……」
「じゃあ放課後に待ち合わせしよう。
ローザリアにも出来れば一緒に来てもらえると
話が早いんだけど、さっきの感じだと、どうかな」
「一応話してみますね」
「うん、よろしく頼むよ」
※
教室に戻ると、ローザ様は優雅に本を読んでいた。
(ちょっと、忘れ物は?)
もちろん本当に忘れ物なわけがないことは知っていたけれど。
私はローザ様に近づいて、先ほどの殿下との話をした。
「ちょうど良かったわ。私も神官長に用事があるの」
断られるものと思っていたのに、当然のように言うローザ様に一瞬目が丸くなった。
「え?」
「護符の件よ。
流通が増えた分、管理が甘くなると困るでしょう?
だから私も一緒に行くわ」
(ローザ様、完全に仕事モードだ……)
「あ、でも移動は殿下としてね?
私は学校で資料をまとめてから追いかけるから」
「えぇ……いや、待つから一緒に行きましょ?」
「そう?……そうね、ええ、わかったわ」
ほんの少しだけ考えるそぶりの後、ローザ様が了承した。
「殿下と隣に座らせようとか、しなくていいからね!?」
「あらやだ、なんでわかったのリリィ」
「わかるでしょ!!」
……しまった、素が出てしまった。
私の言葉に、ローザ様は一瞬きょとんとして――
次の瞬間、楽しそうに、ふふ、と笑った。
(もう。絶対わかってないでしょその笑い!)
そんなこんなで3人で神殿に向かうことが決定した。
(神殿に3人で。ということは、今日はイベントは起きないわね)
――昨日の視察を思い出す。
あのフードの男。間違いなく、私を見ていた。
(突発的な誘拐に巻き込まれるのかと思っていたけれど、計画的なものなのかもしれない。
私を聖女だと知っていて?)
ゲームでは、私は盗賊に攫われる。
攫われた私を見た盗賊は私に魔力があることに気づいて、魔力抑えの枷をはめる。
(盗賊が人を見定めるかしら。
盗賊が魔道具を持っているのもよく考えたらおかしいわ。ゲームで語られていなかった何かがあるの?)
ゲームでは眠り薬で眠らされて、気付いたら荷台に乗せられて夜の山道を走っていた。
(やっぱり眠らされるわけにはいかないわ。
とは言っても吸い込むのを防ぐのは難しいから……
防御膜をうまく使えないかしら)
授業を聞きながら、部分的に防御膜を張れるか試してみる。やってみると意外と簡単で、どんどん楽しくなってきた。
(面白い。耳の中に張ると聞こえにくくすることもできるのね。
ってことは、鼻の中は……)
「この問題を、リリエル・フォーン!!」
「ぐほっ……!は、はい!!」
いけない。場所を間違えると息が止まる。
ローザ様がくすくす笑っているのが目に入った。
そうしてあっという間に放課後がやってきて、私たちは3人仲良く神殿へと向かったのだった。
次回、月曜20時更新です。
また動き始めます。お楽しみに。




