光、ひらく
あちこちで、光の護符が揺れていた。
今日は市場の様子を聞きに神殿へ立ち寄ったあと、午後から登校した。
公休扱いはまだ続いている。
淡い色の布。学園紋章の刻印。
身分に関係なく、誰もが同じようにそれを握りしめていて――
(……よかった)
今後定期的に出していくことも考えて、
ひとまず二色を百個ずつの提供に留めた。
全員に行き渡る量ではないし、
製造番号や紋章があったとしても、裏でのやりとりを完全に防げるわけではない。
けれど――
今のところ、トラブルの予兆はなさそうだ。
殿下が、これは私からの寄付であること、異例の措置であること。
問題が起きればこのやり方も見直さざるを得ないこと。
そして何より、私の思いを代弁してくれたのが大きいのだと思う。
「見て!交換してもらったの!」
「私は図書塔の奉仕で紫色をもらっちゃった!」
「ねぇ、次の期間は何色になるのかしら」
きゃっきゃとはしゃぐ声に、胸がふわっと軽くなる。
とはいえ、配り始めてまだ数日。
本当に注意しないといけないのはこれからだろう。
(提供して感謝されて、それでおしまい……じゃ、無責任だもの)
話を大きくしたのは自分だ。
騒ぎを収めるだけなら、一斉に護符を配ればよかった。
それを「面白い」と受け入れてくれた殿下も、
アイディアを出してくれた側近候補たちも、
本当に器が大きいと思う。
――がっかりさせたくない。
少しずつ自分の立ち位置が見えてきた感覚。
同時に、間違えれば簡単に皆を巻き込んでしまうという自覚もある。
その緊張が、なぜだか胸の奥で静かな高揚に変わっていく。
──象徴で終わりたくない。そんな思いが、そっと灯り始めていた。
その熱を悟られないように、談笑する生徒たちの間をすり抜けるように歩いていた――その時。
ふと、足が止まった。
(……あっ)
背中に、じわりと嫌な汗が滲む。
(今日……魔力共鳴の授業の日じゃない……!?)
この一週間、護符づくりや流通の細かな調整で忙しくて、すっかり頭から抜け落ちていた。
(やだぁぁぁぁ!!なんの準備もしてない!!)
思わず壁に頭を打ちつけたくなる衝動をこらえながら、私は教室へ駆けだした。
授業が始まり、教官が黒板を叩く。
「前回、気絶者が出てしまったが……」
(……ほんとすみません)
クラスメイトがちらりとこちらを見た気がする。
気のせいだと思いたい。
「今日は前回の反省を踏まえ、魔道具の調整もしてきた!
各自安心して取り組むように!」
例の結晶玉が机の上に並べられる。
その奥で、ローザ様が静かに扇を揺らしていた。
目が合うと、頑張れ!と口を動かしてくる。
「次、リリエル・フォーン!」
――逃げられない。
私は覚悟を決めて結晶玉に手を添えた。
(護符の量産で、更に魔力コントロールは上達してる……はず……
押し込まないで、降らせるように、優しく同調させてみよう)
深呼吸をして、魔力を細く優しく降らせる。
結晶玉が光り始め――
周囲がざわっとする。
(よし……!このまま……)
と思った、その瞬間。
ドンッ!
胸が強く引き込まれ、脳が一瞬揺れたような衝撃。
(あ、これ、前と同じ……!逆流パターン……!)
視界が白くはじける。
(やっぱり、そうだよね……!!)
気絶を察知した身体がもう光り始めている。
次の瞬間、意識がふっと軽くほどけた。
※
「……リリィ」
耳の奥に落ちた声で意識が浮上した。
(……あ)
ぼんやりとした視界がゆっくりと色を取り戻し、ローザ様の顔が近くに現れる。
ああ、また医務室か……。
「……なんか、毎回ごめん」
そう言うと、ローザ様は呆れ半分、心配半分の顔でため息をつく。
「もう。どうして殿下に共鳴の練習をお願いしなかったの?
せっかくお膳立てしてあげたのに」
「え、やっぱりあれはわざと……」
「ふふ、まあね。でも用事があったのは本当よ。
学園に出回っていた偽物の護符の普及率とか、入手経路を調べていたの」
「ほんとに忙しかったのか!!」
思わず素で返してしまうと、ローザ様がくすっと笑った。
「……で? なんでお願いしなかったの?」
「え、いや……普通に、自力でどうにかしたくて……
後でちょっと後悔したけど」
するとローザ様は、ぷっと吹き出した。
「そうだったわね。リリィってば、こう見えて負けず嫌いだったんだわ」
「なによ、“こう見えて”って!」
抗議すると、ローザ様は目を細めて笑う。
……おかしい。ローザ様の前で、そんな性格出したこと、あったっけ?
彼女は目元の笑みを少し和らげて、真面目な声で続けた。
「殿下はね、立場上どうしても政治的な立ち回りが多いけれど……
学力も魔法も武術も、どれもトップクラスよ。
それでいて光の魔力まで持っている。
あなたへ助言できる人なんて、学園の中にもそう多くはないわ」
「……ローザ様って、殿下のこと、信頼してますよね」
「客観的な評価だと思うけれど……
まあ、努力しているところをずっと見てきたから。
――あの方は、素晴らしい人よ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かがきゅっと揺れた。
『ローザリア! お前の罪を見過ごすことはできない!』
脳内に、ゲームの断罪シーンでの殿下の声が蘇る。
――なんろう、この違和感は。
交流が深まれば深まるほど、大きくなる違和感。
けれど、イベントは確実に起きている。
強制力、なんていつも言っているけど、 毎回ゲーム通りに起こるイベントは、実際のところ、現実として違和感がないのだ。
(いやまぁ、変な下位互換イベントとかはあるけど!)
思考がそこまで巡ったところで、
ローザ様がベッドの上の私を覗き込むように屈んだ。
「……大丈夫?」
「うん。ちょっと考え事。
ね、結界を作った時のあれ、あれは共鳴ではない
……のよね?」
「そうねぇ、共鳴はしてないわね。私の魔力は器として働いていたに過ぎないから」
「二人で共鳴させる場合って、どちらか片方が合わせてるの?」
「うーん……音楽をイメージしたらいいんじゃないかしら?
単純に“同じ音に揃える”わけじゃないのよ。
和音みたいに、違う音同士でも響き合う組み合わせってあるでしょう?
お互いの魔力の‘響き’を探って、
二人で一つの“新しい音”を作る作業、というのが近い気がするわ」
「なるほど」
「殿下は光を持っているから、もともと光との組み合わせが得意なのよ。
たとえば、私ならクラヴァ―ル先輩とは共鳴しやすいかもしれないわね」
その時医務室の扉が、控えめに叩かれた。
(あ、殿下)
声よりも先に気配でわかってしまう、丁寧なノック。
「……失礼するよ」
入ってきた殿下に、ローザ様がひらりと手を振る。
殿下はそれに軽く頷き、私のベッド脇へ。
「また倒れたって?大丈夫?」
「は、はい、いやもう本当に……!」
二度目はさすがに恥ずかしい。
思わず身体を起こそうとして――
ガクン。
(わっ……!)
前に倒れかけた瞬間、殿下の手が支えてくれる。
その途端。
――ぱぁ、と光が広がった。
殿下の掌からも、私の胸の奥からも、同時に。
「ええええええ!?!?」
殿下も目を瞬くほどの光の膜。
「……驚いたな。君と私の魔力が共鳴している」
「えっ……で、でも……触れただけで……?」
護符づくりのときも、殿下とは何度も触れた。
けれど、あの時は共鳴なんて起きてなかった。
――本当に?
殿下に拡散のコツを教わった瞬間、
不思議なくらい光が広がった。
そういえば、成功した時に背中に添えられていた殿下の手……。
(あれ……まさか……あの時もう共鳴してた……?)
「ろ、ローザ様!! 共鳴用の魔道具って今ある!?」
「はいはい、借りてくるわね」
昂る気持ちで借りてきた魔道具に触れた瞬間。
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
―――本日二度目の気絶をした。
水曜より新章突入。
王子イベントに入っていきます。
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