光よ、届け
学園に戻ると、廊下にはすでに教師と神官が集まっていた。
生徒たちが数人、険しい顔のまま保護されている。
――護符を巡って、ついに“金銭”が動いたらしい。
本来、王立学園では金品の直接のやり取りは重い禁忌だ。
身分差を利用した搾取につながるため、
いかなる理由でも“商いもどき”を校内に持ち込むことは許されない。
ところが一部の生徒が護符を高値で買い取ろうとし、
別の生徒は家の名を盾に“本物の入手経路”を吹聴して優位に立とうとした。
――大人の世界にある闇取引の縮図が、学園でもう再現されてしまった。
怪我人こそいないけれど、
これは学園としては放置できない種類の騒ぎだ。
胸の奥がひやりと冷える。
ちらりと見れば、殿下もまた小さく息を呑んで状況を見つめていた。
外の世界で正規流通が始まれば、こうした騒ぎは自然と収束するだろう。
今回の処分がどう下るかも重要だ。
片方は私と同じ男爵家、片や侯爵家。
両者とも同じ罰が下るはずだけれど──それが政治の世界にどう響くか。
(荒れそうね)
――それにしても。
不安げに肩を寄せ合う女生徒達が目に入り、
新学期に見た光景を思い出す。
(みんな、本当は……ただの“流行”として欲しいだけなんだよね)
「かわいい」「素敵」と笑い合うための小物。
学生たちにとっては、
大人の取引とは違う、ただの“おしゃれアイテム”でありたかったはずだ。
私は殿下の方を向いた。
「殿下……学園にも、正式な護符を配れませんか?」
殿下は少し驚いたように私を見る。
「秩序を安定させるため……ではなく?」
「はい。
みんなが安心して楽しめるように、です。
光の護符が“特別なもの”じゃなくて、
学園でも普通に手に取れるものになったら……
変な価値がつかないと思って」
殿下は目を細め、ふっと笑みを落とした。
「……市場が整う前に、学園の空気を先に整えるか。
リリエルの負担が増えるが……」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し軽くなる。
「はい! 殿下のお陰で市場の分は明日にも作り終わりそうなので!!」
「そうか」
ふわりと柔らかく微笑む殿下。
その光を映したような笑顔に、胸が小さくトクリと跳ねた。
……と、その余韻に浸る間もなく、
学園長から「至急、生徒代表を集めたい」と呼び出しがかかった。
殿下は小さく息を吐き、私に視線を戻す。
「……行こうか。
今回の件は、学園としても“放置できない”という判断らしい」
私は頷き、殿下とともに生徒会室へ向かった。
部屋には、すでに三人の姿があった。
騎士学科のライナー。
魔術研究課程のクラヴァ―ル先輩。
そしてローザ様。
ゲーム知識を知ってる私からすると攻略対象勢ぞろいなのだけれど、どうやら側近候補が集められたらしい。
皆、状況を把握しているらしく、空気が少し張り詰めていた。
殿下は席につき、簡潔に告げる。
「今回の騒ぎだが……原因は明白だ。
市場が整えば学園内も自然に収まるだろうが──
それまでの空白期間に、また同じことが起こる可能性が高い。
リリエルに急ぎ護符を作ってもらっているところではあるが、
市場に出回るには時間が必要だ。」
私は小さく息を整えた。
殿下が私の方へ視線を向ける。
「そこで、リリエルから提案があった。
──学園にも正式な護符を配ろう、と」
全員の視線がこちらに集まる。
「ひとまず、学園の中だけでも普通に手に取れるようになればいいかなって」
クラヴァ―ル先輩が指を組み、ゆっくり頷いた。
「……理にかなっていますね。
供給が不安定な時ほど、身分差による“便宜”の誘惑が強くなる。
ただ―― 配るだけでは、転売の抑止にはならない」
ライナーが腕を組んで言う。
「なら識別が必要だな。
護符に番号をつけて“誰に渡したか”学園で把握する。
売る気は削げるだろう」
ローザ様が扇を軽く揺らす。
「闇取引は防げないでしょうけど……
十分抑止になると思うわ」
「あの……」
白熱するやり取りに、私はおずおずと口をはさむ。
「なぁに? リリィ」
「せっかくなら、楽しくやりたいんです。
例えば色がいくつかあれば集めたくなるし……
でも色で争いが起きるのも違う気がして……」
殿下が少し笑う。
「リリエルは、光の護符を“楽しめるもの”にしたいんだよね。
この学園は貴族社会の縮図とはいえ──まだ学生だから」
ローザ様も微笑む。
「ふふ、確かに、対策の話ばかりになっていたわね。
管理番号である程度問題は解決すると思うし……
リリィは何か考えているの?」
「はい。交換したりするのも楽しいじゃないですか。
でも行き過ぎるとさっきみたいなことにもなるし……
うまくできないものでしょうか?」
「交換ごとに識別番号を書き換えるとか?」
「そこまで管理するのはさすがに手間だろう」
「学園の外に持って行った時点で値段がつかない仕組みがあれば……」
クラヴァ―ルが頷く。
「それならできる。
そもそも学園の紋章が入ったものは売買不可なんだ。
まあ闇には出るが……
学園限定のものは愛着があるからか、
ほとんど流通しない」
「あと、値段をどうするかと……収益金をどこへ回すか、だな」
「収益金は寄付でもいいわね」
……こうして話し合いはまとまり、
期間ごとにいくつかの色を作ることになった。
学園に相談したところ、学園や神殿でのちょっとした奉仕活動への
“ごほうび”として配る案も通った。
いつまで流行するかわからないけれど、
事件後の重い空気を払拭するには十分そうだ。
その翌日。
光祠での作業は、思いのほか静かだった。
ひとつ息をついたところで、扉の外から足音がする。
応援に来てくれたローザ様が、学園の様子を知らせてくれた。
まだ護符は作っていないものの、こういった事は早いほうがいいと、殿下が正式に発表することになっていたのだ。
思っていた以上に和やかになっていると聞き、胸の奥がふわりと温かくなる。
私はというと──なんともう、流通用の残り四百個の護符を作り終えてしまっていた。
これなら、今日は学園を休む必要もなかったかもしれない。
「あら、リリィ、すごくいい出来じゃない!
腕を上げたわね」
ローザ様が褒めてくれるのが嬉しい。
「ふふふ、まあ、聖女なんで」
「……学園限定の護符も、楽しみだわ」
「ローザ様になら、いつでも作るのに」
「リリィが作った“学園限定の”がいいのよ」
ローザ様はふと思い出したように、
学園の紋章が刻まれた刻印と、可愛い紫色の護符布を差し出した。
「――あの時の偽物の護符を持っていた子、覚えている?」
「ええ、どうしたの?」
少し、嫌な予感がする。それは続くローザ様の言葉で現実になった。
「闇取引に関わった罪で子爵が捕まって、退学になったわ。
──これは餞別に。明日が最後らしいから」
「……ローザ様……」
返す言葉が見つからず、
光を扱う指先が、ほんの少し震えた。
言葉が詰まり、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
ローザ様が優しく微笑んだ。
「大人の世界の方が、ずっと残酷よ。
せめて“卒業できなかった学園生活の最後”くらい、
光で送ってあげても、いいと思うわ」
目に熱いものがこみ上げそうになるのを必死で抑える。
私は震える手で餞別の護符を作り始めた。
――光が、すべての人に届きますように。
次回、月曜20時更新です。




