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広がる光

量産計画が決まった翌朝。

私は神殿の奥にある〈光祠こうし〉へ向かっていた。


偽物対策は早い方がいいので、学園は公休扱いだ。

休んだ分は自学で追いつく必要があるけれど、

そこは殿下やローザ様がフォローしてくれるそうだ。


……手厚すぎて、逆にプレッシャーを感じる。


光祠は、祭壇と作業台だけが置かれた簡素な部屋だ。

けれど空気にわずかに混じる光の粒子が、

そこが“聖女だけが扱える領域”なのだと静かに告げている。


光継祭の準備で何度も通ったせいか、

尋ねるのはたった2週間ぶりなのに、

懐かしい気分になった。


神官が恭しく布束を指し示した。


「本日は、この百枚をお願いできますでしょうか」


(あれ……?これだけ……?)


光継祭の時は、放課後に一日五十枚。

それを、数日に分けて準備した。

それに比べると、一日かけて百枚とは……。


(急いで準備しなきゃいけないんじゃないの?)


そう思いつつも、私は早速護符づくりに取り掛かった。


優しく振れると、光はすぐに応じる。

わずかに胸が温かくなり、布の繊維に淡い光が染みこむ。


「……うん、こんな感じ」


一枚目は順調。

二枚目、三枚目と手を進める。


だが――十枚を超えて、仕上がった護符を見て違和感が生じた。


(あれ……? なんか、光の“濃さ”が違う……)


並べて比べてみると、光の強さが微妙に均一でない。

強すぎたり、弱すぎたり。

肉眼では目立たないけれど、触れるとよくわかる。


簡易護符とはいえ、これは量産品としてアウトだ。

記念品として配ったものとは違い、

販売するのであれば “均質”であることは必須。


(……どうしよう。

 光を込めるだけなら簡単なんだけど……

 均一ってなると難しい)


百枚のうち十枚でこれ。

この調子では終わる頃には光がぐちゃぐちゃになりそう。


(何か、効率のいいやり方……均一に入れる方法……)


悩みながらも手は止めない。

ただ、光の出力を毎回調整するのは、思っていた以上に負担が大きい。

二十枚ほどで胸の奥が重くなってきた。


――よく見ると、護符ごとの濃度が違うだけじゃなくて、一枚の護符の中にも光の強さの偏りがある。


(光継祭の護符を作った時は気づかなかった……)


経験が増えたせいで、粗に気づいてしまう。


(布全体に均一に行き渡らせるのってどうやるの!?

 もしかして、そこから!??

 光継祭のクオリティでいいならいいんだけど、

 でも、気になる……!!)


一度気になり始めると止まらない。

そして、迷えば迷うほどうまくいかないのは世の常で。


私の作る護符は、どんどん乱雑になっていった。


そこへ、控えめなノックが響いた。


「リリエル。入ってもいいかな?」


「殿下?」


ジュリアン殿下が光祠に入ってくる。

机に並んだ護符を見た瞬間、表情が少し変わった。


「……なるほど。これは疲れるね」


「……殿下にもわかりますか……?」


「うん、ものすごく、迷いが見える」


「そうなんです……均一に、ってなると、意外と大変で」


殿下は一枚の護符に指を添え、光の残滓を確かめるようにそっと撫でた。


「……なるほど。

 君は出力を毎回“揃えよう”としているんだね」


「だって、均一じゃないと……」


「うん。でも、その“揃えなきゃ”という意識が、

 かえって光の入り方を乱してしまうのかもしれない」


殿下は布を掲げ、光が沈む層を指し示す。


「……え……?」


殿下は私の手首をそっと取り、布へ導いた。


「ほら。ここに光を落としてみて」


私は小さく息を吸い、慎重に光を注ぐ。


すると――光はじわりと染み込んで、そのまま沈んで止まった。



「いま、丁寧に注ごうと意識したでしょう?

 水晶に注ぐときはそれでいいんだけど、

 この護符は布だから、もっと拡散を意識したほうがいいね」


「拡散……」


殿下は続けて、私の背に軽く手を添える。


「と言っても、光は自然に拡散するものだから……

 光を“手放す”つもりでやってみて」


「手放す……?」


「うん。

 広がるかどうかは、光に任せる。

 君は、方向を決めないで触れるだけ」


私は深く息を吐いた。

“揃えなきゃ”という意識をそっと脇へ置く。


手をそっと布に乗せる。


その瞬間――


ふわり。


光がほどけて、みるみる“広がった”。


一点ではなく、薄い膜のように。

すっと染みこみ、布全体へ均一に。


「……あ……」


思わず声が漏れた。

広がる光の美しさに、胸の奥がじんわり熱くなる。


殿下は満足げに息を吐いた。


「いいね。

 君の光は純粋だから、方向さえ縛らなければ勝手に広がる。

 むしろ……揃えようとしない方が、均一になるんだ」


私はもう一枚布を取り、手を置く。

今度は意識して――光に任せる。


ふわり。

広がる光は先ほどと同じ薄さで、寸分の狂いもない。


三枚、四枚、五枚。

どれも同じ“広がり方”をしている。


「これなら……均一になりそうです」


「うん、良かった。

 余計な力が抜けたから、光の濃さもだいぶ揃ってきている。

 あとは量の微調整だけだ」


そのとき――

光祠の扉が緊張を帯びて叩かれた。


「急ぎの報告です! 学園で……護符を巡ってトラブルが!」


殿下と目が合う。

私は深く息を吸い、胸に残った温度を確かめる。


(急がなきゃ)


「リリエル、大丈夫。慌てないで」


殿下が私を落ち着かせるように、背中に触れる手に力を込めた。


「いえ、そういうわけには」


一つ一つに光を込めつつ考える。



――本来、光は拡散するもの。

結界も、光の受け渡しも、光を形作ることに苦労した。

前の私なら、意識しなければ光は”霧散”していたけれど。


(意識して、もっと広い範囲に”拡散”させたら?)


手を止めて、意識を集中する。

形作ろうと意識してしまうとだめだから、意識しないことを意識する。

一方で、霧散しないように”範囲”も意識する。


矛盾しているようだけど、今なら出来る気がした。



(……あ、これなら)



ふわり、と光がほどけた。

霧のようでもあり、水のようでもあり、

それでいて確かに“私の光”だとわかる。



「リリエル、君――」


「できた……!!!」


一度に十個の護符に光が宿る。

けれど、どれも淡くて──少し物足りない。


「……もう一度」


私は深く息を吸い、同じ手つきでそっと魔力を拡散させる。

広がった光が、布の上にふわりと舞い降りた。


瞬間──十枚すべての光が、ぴたりと同じ濃さに揃った。


「……っ、できた……!」


胸の奥がじん、と熱くなる。

さっきまでは揃わなかった光が、均一に沈んでいる。


殿下が目を細める。


「すごい。完全に均一だよ、リリエル」


「はい……! これなら……量産、できます」


言葉にした途端、肩から余計な力が抜けた。

けれど、不思議と疲れはない。

むしろ、どこか駆け出したくなるような高揚があった。


そのままの勢いで、あっという間に、百枚の護符が完成する。

――その時、光祠の扉が勢いよく叩かれた。


「失礼します! 学園で……護符を巡っての揉め事が、暴力沙汰にまで!」


「……っ!」


胸に残る熱が、一瞬で現実へ引き戻される。


殿下がすぐにこちらを見た。


「リリエル、行ける?」


「はい!行けます!」


今日のノルマは達成した。

コツもつかんだから、予定より早く供給できるはずだ。


(トラブルなんて関係ないとか言っていられないもの)


私は殿下とともに光祠を駆け出した。




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