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光継祭

神殿の中は、外の喧噪が嘘みたいに静かだった。


白い香煙と、水音みたいに淡い祈りの声。

それだけで、昨日までの熱気は、薄い膜の向こう側に押しやられている気がする。


(……銀河鉄道だったんだ、あの馬車は)


ふっとそんな言葉が浮かんで、ひとりで可笑しくなった。

夢みたいにやわらかくて、綺麗で。

たしかにあのときは息づく“いま”の中にいたのに、振り返ってみれば現実味がなかった一週間。



あのあと私たちは神殿で簡素な食事をとり、

それぞれ自分の小さなベッドに潜り込んだ。もちろん、部屋は別。


(神殿のベッド、小さいな……)


クロイツ家の、二人で寝ても余裕のあるベッドとは大違いだ。

それも含めて、「ああ、現実に戻ってきたんだな」と思わされた。


光継祭は、日が沈んでから始まる。

それまでのんびりできるかと思っていたものの――


配布用の護符の追加を作ったり、式典の最終確認をしたり、ローザ様と神官たちとで段取りを合わせたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。


神殿の控室でお清めの儀を終えると、

神官たちが手際よく身支度を整えてくれる。


白いローブ。

胸元の簡素な刺繍。

髪には“光冠”と呼ばれる銀の輪。


鏡に映ったのは、完全に儀式仕様の”聖女”で。


(こっちのほうが私の”現実”って、それも不思議よね)


ゲームの中でも、ここはイベントの一つだった。

でも、あの頃の私は画面の向こうの聖女でしかなくて――

今は、鏡の中の聖女が、まぎれもなく私自身だ。


「聖女様、準備が整いました。

 外は……大変なにぎわいでございます」


その声を合図みたいに、控室の扉が静かに開く。

回廊を歩けば、外から届く音が次第に形を帯びていった。

屋台の木槌の響き、歌い手の声、香辛料の匂い。

冬の空気にあたたかな気配が混じっている。


階段手前まで来た時、重い大扉がゆっくりと開いた。


――同時に視界が光で満たされる


(……すごい……)


冬空の下、星みたいな灯籠が大通りを照らし、

光が風に揺れている。



その時、一段下に蒼い影が見えた。


神殿から貸与された“儀式補佐”の青い服を纏い、

肩には補助の印。


(ローザ様の青い衣装って、あんまり見ないな)


赤い瞳と青が対照的で、それもまた美しい。

私に気づくと目を細める。


「リリィ、よく似合ってるわ」


口の動きだけなのに、なんて言っているかわかる。

私は目だけで返事をした。



一歩ずつ階段を下り、《はじまりの灯》の前へ向かう。

ローザ様の視線が、背中を静かに支えてくれている気がする。



点火の儀は、一瞬だった。

神官の合図で、《はじまりの灯》にそっと手を添える。

指先からごく少量の光を流し込むと――


ぽっ。


控えめな音と共に灯がともり、

そこから伸びる光のラインが大通りへすうっと走っていく。


瞬く間に、街じゅうの灯籠が連鎖して点灯し、

金色の波が夜の王都をさらっていった。


「おお……!」

「すごい……!」


拍手が弾ける。

子どもたちの歓声、大人たちの笑い声。

それら全部が、光に照らされて揺れていた。


(……よかった。ちゃんと点いた……)


肩の力が少しだけ抜ける。

下を見ると、ローザ様がわずかに唇の端を上げていた。

目が合うと、ほんの少しだけ、いたずらっぽく目を細める。


「次は、“花の儀”です」


隣に立つ神官が、恭しく一輪の花を差し出した。


乾いた白い紙花――《祝花》。


両手でそっと包み、

花弁の中心へ、ほんのわずかに光を落とす。


ぽうっ。


花全体が、柔らかな金色に染まった。


「綺麗……!」

「聖女様だ……!」


広場から歓声が上がる。


その声に引き寄せられるみたいに、

最初の子どもが駆けてきた。


「これにも光をください!」


腕いっぱいに紙花を抱えて、

期待でいっぱいの目でこちらを見上げている。


「順番、ね? 一人ひとつずつ……」


なんとか整えようとしたものの――


「こっちも!」「聖女様、お願いします!」「これも!」


あっという間に、階段の下は人だかりになった。


(ちょ、ちょっと待って……!)


助けを求めるように視線を向けると、

ローザ様は肩をすくめて微笑む。


(……まぁ、そうなるよね……)


でも、嬉しそうに差し出される花を見ていると、

「ごめんなさい、無理です」とはどうしても言えなかった。


一輪、また一輪。


花に光が宿るたび、

ぱっと笑顔が咲いて、

大事そうに胸に抱えられていく。


(……こんなに、喜んでもらえるものなんだ)


胸の中がじんわり温かくなる。


気づけば私は、少し調子に乗っていた。


花だけじゃない。

花冠、飾り紐、屋台の飾り灯――

差し出されるあらゆるものに、

ちょこん、と光をのせていってしまう。


「今年は特別だな……!」

「やっぱり本物の聖女様は違うわ……!」


褒められるたびに、

「じゃあもう少しだけ」と、光を少し足してしまう。


階段の下から見上げるローザ様は、

どこか呆れたような、でも誇らしげな顔をしていた。


「……張り切りすぎよ」


ぼそりとこぼれる口の動きだけが、こちらに届く。


(だって……嬉しいんだもん……)


その頃には、指先がじんじんと温かかった。

胸の奥にも、ささやかな熱が溜まってきている。


(……あれ? ちょっと、熱……?)


そこへ、小さな少女が駆け寄ってきた。


「これにも、お願いします!」


両手でぎゅっと握りしめられた、

小さな白い紙花。


顔を上げた少女の目は、

期待と緊張と、それからほんの少しの憧れでいっぱいだ。


(……最後。これで最後にしよう)


自分にそう言い聞かせ、花をそっと両手に包む。


光を――のせた、その瞬間。


――ふわっ。


紙花の金色が、一瞬だけ濃く脈打った。


同時に、広場じゅうの灯籠の光が、

息を吸い込むみたいにわずかに揺らぐ。


「祝福だ……!」


誰かの震えた声が、やけに耳の近くで響いた。


視界が、金色ににじむ。


(……あ。これ……)


ゲームで見た“あのシーン”が脳裏をよぎる。

画面いっぱいに光が広がって、次のカットに飛ぶ、あの演出。


(まさか、あれって……)


胸の奥の熱が、どっと広がった。

足元の感覚がすうっと遠ざかる。


実際にはただ、後ろに崩れ落ちかけていただけなのに――

身体を包む光のせいで、それは“神々しい昇華”みたいに見えただろう。

だって、ゲームでは、そう見えていたから。


「リリィ!!」


ローザ様の声が、光の向こうから鋭く届く。


(……うん。やっぱり、ちょっと……張り切りすぎた、かも……)


意識が、ふわりとほどけていった。


最後に見えたのは、

補助服の裾を踏みそうな勢いで階段を駆け上がり、

普段の冷静さなんて一片もなく、

ただ真っ直ぐに私の名前を呼ぶローザ様の姿だった。


私は、光に包まれたまま静かに意識を手放した。



「ローザ様……お祭り……屋台、行かなきゃ……」


ぼんやりとした声が、自分の喉から漏れた。


瞼を開けると、見慣れない天井。

鼻先には、かすかな薬草と香の匂い。


隣には、椅子に腰掛けたローザ様がいた。

少しだけ目の下に影を落として、それでも口元はやわらかい。


「もう。何言ってるの、リリィ。

 今日はダメに決まってるでしょう?」


「え……でも、屋台……せっかく……」


「お祭りは、来年もあるのよ」


くすっと笑って、

そっと私の額に手を当てる。


「来年、一緒に回りましょ」


「……約束、ですよ?」


妙に感傷的になって、鼻の奥がツンとする。


昨日まであんなに浮かれていたのに――

今は、胸の奥に冷たい現実が戻ってきている。


(……きっと、イベントをこなしたからだわ)


来年の今頃は――ローザ様は、修道院だ。

それがどうしようもない現実として、私の心にのしかかる。

年が明けてからもフラグは順調に立ち、予定された断罪劇へ物語は進んでいくだろう。


「辛いの?」


ローザ様が、少し覗き込むように顔を近づけてくる。


「べ、別に……! ちょっと眩しかったの、光が……」


「あら、屋台を回れないのがそんなに悲しいのかと思ったわ」


そう言いながら「ほら、これ」と、ローザ様がかわいいりんご飴を手渡してくれる。


ひんやりとした飴の重みが、てのひらにすっと収まった。


「これ、ローザ様の瞳みたい」


「やだ、そんなこと言われたら食べられないじゃな……」


「がぶっ」


「ちょっと!リリィ!!」


ざわつく気持ちをごまかすみたいに、少しだけ浮かれて見せる。

そうしているうちに、さっきまで胸にこべりついていた不安が、ほんの少しだけ薄れた気がした。


次回、金曜20時更新します。


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