よくある断罪劇―—聖女リリエル視点
王子の声が響く。
「ローザリア!お前の罪は明白だ!」
場内がざわつく。
──証拠なんてほぼないのに、どうして誰も突っ込まないの。
「嫉妬に駆られて聖女を陥れ──盗賊事件でも、魔力暴走でも、必ずお前が現れた!」
王子が指を突きつける。
その隣で騎士や魔術師もうなずいていた。
「なぜだ! なぜ毎度、お前が一番に駆けつける!? 偶然だと言い張るつもりか!」
(偶然じゃなくて、ローザ様が優秀なだけだから!)
「本来ならば、安全なところで守られるべき聖女を──お前は自ら危険に追いやり、都合よく救うことで信頼を得たのだ!」
「そうだ、聖女を狙って事件を仕組んでいたとしか思えぬ!」
(そんなはずないでしょう?八つ当たりもいい加減にしなさいよ。
もう、なんでローザ様は何も言わないのよ!)
視線を隣にやると、当のローザリアは完璧な微笑みを浮かべていた。
「さすが公爵令嬢」「動じないわ」なんて囁かれているけれど──
あの表情を私は知っている。
余裕なようでいて――ただボーっとしているだけの、あの顔。
たぶん何も考えていないか、今日のデザートのことでも考えているのだろう。
(ねぇ、ほんとしっかりしてよ! 自分のことだってわかってる?
なにこれ、やっぱり私がどうにかするしかない感じ?やっぱりそうよね!?
でもどうする?強制力を全部ぶち壊す何かいい案は………)
私の脳裏に、これまでの光景がよぎる。
──あのときも、助けてくれたのはローザリアだった。
盗賊にさらわれた夜。
恐怖で膝が震え、声も出せなかった私の前に、彼女は躊躇なく現れた。
月明かりを浴びた金の髪が揺れ、赤い瞳は宝石のように輝いていた。
彼女の放った魔法は、盗賊たちを一瞬で薙ぎ払って――
「リリィ、遅れてごめんなさい」
そういって、半泣きで私を抱きしめた彼女。
魔力暴走に巻き込まれた時だって……
自分の制服の裾が燃えているのになんでもない顔をして、私の前に立ち続けてくれた。
強制力には抗えないからと諦めていた私を守ってくれたのは、いつも彼女。
(だめ、このまま断罪なんて──!)
──もしこのまま断罪されれば、ローザリアは修道院送りだ。
そう、"決まっている"。
彼女が洗濯や料理なんてできると思う? 無理に決まっている。
まだ辺境の地へ追放なら、クマくらい軽く倒して、逆に大活躍だろうけど……って、いやいや。
(そういう問題じゃないのよ!)
私が、怯えているように見えたのだろうか。
広間にいる誰もが、私を「可憐な聖女」と信じて疑わない顔を向けてくる。
「可憐なリリエル……可哀想に、こんなに震えて」
王子がそっと私の肩を抱き寄せる。
……笑わせないで。
私が震えていたのは、恐怖とか、心配とか、そんなんじゃない。
怒りと、どうにかしなくてはという焦り。
私の中で、答えはひとつしかなかった。
強制力なんて、知らない。
私が、ぶち壊してやる。
――私は深く息を吸い込んだ。
心臓はうるさいほど打ち鳴らしている。
手のひらには汗が滲んで、声が震えそうになるのを必死で抑えた。
(やるのよリリエル。ローザ様を守れるのは、私しかいないのよ!)
喉の奥から突き上げてくるものを、そのまま声に変える。
「──お待ちくださいませ!」
大広間の空気が張り詰め、一瞬にして静寂に包まれた。
(声震えなかった。奇跡!!)
場内の視線が一斉に突き刺さる。
背筋に冷たいものが走るけど、もう退くつもりはない。
「そのような事実は──一切ございません!」
(よし、言えた! ここまでは予定通り……! 問題はここから!)
私は拳を握り、息を整える。
あの子を守るために、そしてこのくだらない“強制力”を打ち砕くために──
「なぜなら……」
(ああもう後戻りできない! でもやるしかないでしょ!!)
小さく息を吸い込む。
「わたくしたち……お付き合いしているからですわ!」
広間が爆ぜたように揺れた。
「お付き合い……!?」「そんな……!」「まさか聖女様が……!」
観衆のざわめきは波のように押し寄せ、誰もが信じられないという顔をしている。
(……言っちゃった――!!!)
心臓が跳ね上がり、背中にじっとりと汗が伝う。
でも引き返せない。
顔だけは冷静を装って、私は胸を張り続けた。
「わたくしは、何度もお伝えしたはずですわ。
その“証拠”とやら──
もう一度検証なさってくださいませ。
それが意図的に作られたものでないのならば、
ですけれど」
「こ、恋人……!?」
「嘘だろ……聖女様とローザリア様が?」
「やっぱり!あの二人、いつも一緒にいたもの!」
「でも、王太子殿下は……」
憧れの眼差しと困惑の声が交錯し、場は混乱の渦に巻き込まれる。
「……な、なにを言っているのだ、リリエル!」
王太子が血相を変えて立ち上がる。
「そのようなこと、許されるはずが──」
「ふざけるな! ローザリアが仕組んだに違いない!」
騎士が声を荒げ、隣の魔術師は冷ややかに睨みつける。
「自らの罪を覆い隠すために、聖女を巻き込むとは……卑劣ですね」
(ああ、ここまで言ってもあくまでローザ様のせいにすると言うのね)
緊張していた心が、逆に冷たくなっていくのを感じる。
当のローザリアは──赤い瞳を大きく見開き、言葉を失っていた。
「リ、リリィ……!? ちょ、ちょっと待って……っ
それ、どういう……っ」
しどろもどろになり、耳まで真っ赤に染まっていく。
赤い瞳は泳ぎ、唇はかすかに震えて――なんだか、ちょっと可愛い。
(なんで照れてるのかわからないけどナイスよ!そのまま余計なことは言わないで!!)
観衆は一斉に息を呑み、やがてため息混じりの声を漏らした。
「ご覧なさい、ローザリア様が……照れておられる!」
「いつも余裕を崩さないお方が……! なんて初々しい……」
「尊い……!」
「並ぶと絵のような完璧さ……」
……うん。
自分が言ったことだけど、なんかこれ、大丈夫かな。
でもおかげで優勢なのはこちらのようだ。
「……こんな茶番、うんざりですわ。ローザ様、行きますわよ」
修道院、という言葉はまだ発せられていない。
ここは混乱に乗じて逃げてしまおう。
私は強気に言い放ち、ローザリアの腕を取る。
観衆は割れるように道を開けた。
その視線はもはや、非難ではなく、まるで祝福を送るかのよう。
「ど、ど、どうしたのだ……リリエル……!」
混乱した様子の王子が声をかけてくる。
見た目も魔力も兼ね備えた、完璧と名高い王子様。
でも私から見たら――そういう役割なだけの、つまらない男。
「わたくしはどうもしませんわ。……昔から、こういう性格でしてよ」
(そうよ。何をしても、何を話しても、勝手に自分の理想通りに見ようとしていたのはあなたたち)
それが、ゲームの強制力だったのだろうけれど。
(もしかして、断罪が崩れたせいで、それも弱くなってきているのかしら)
そのままローザリアの腕をとって颯爽と会場を後にする。
―― 会場を出ると少しだけ現実に戻って、なんだか、すごいことをしてしまったような気がしてきた。
(これからどうなるかしら?)
ゲームでは、ローザリア断罪の後に求婚されるのだけど、それを自らぶち壊したのだ。
結婚がないだけでなく、私も不敬罪に問われるかもしれない。
ちらりと横目で見ると、ローザリアは、まだ真っ赤な顔のまま混乱している。
(まずはこっちの誤解を解くことからか……)
ふぅ、と何度ついたかわからないため息をつく。
(きっと王子が今の私の表情を見たら、ローザ様が私を困らせている、と言うんでしょうね)
でも……
私は、初めて「自分が変えた」という達成感に、胸が高鳴るのを感じていた。
次回は明日22時更新。
時は遡り、リリエルとローザリアの出会いが明かされます。
楽しみにしてくださる方、ブクマや評価で応援いただけると励みになります。




