火竜の試練②
熱風が頬を切り裂き、視界が揺れた。
壊れた封印陣の中心で火竜が暴れ、鎖を引きちぎらんばかりに身を捩る。
(……暴走してる……!)
次の瞬間、咆哮が訓練場を裂き、
教師たちが張った結界は、触れた途端に焼け落ちた。
「え……!??」
(ゲームより激しい!?)
――おかしい。
ゲームでは、こんな序盤に教師の結界は崩れなかった。
炎が四方に散り、逃げ道が一瞬で塞がれる。
焦げた匂いが広がり、生徒たちの叫びがあちこちで上がった。
(火竜が完全に我を忘れてる……!
ローザ様が、怒らせたから!?)
逃げ場のない訓練場。
純粋な光の結界以外は竜の炎の前には焼き尽くされてしまう。
分かってる。
ここでそれができるのは、私だけ。
でも、まさかこんなに切羽詰まった状況だなんて。
(早く……!早く結界を張らないと……!!)
焦れば焦るほど体の奥で魔力がうずき、制御がきかない。
何度も練習したというのに糸口すらつかめなかった結界。
こんな状況でもなお、発動の気配すらない。
降りかかる火の粉で、私の金の髪から焦げたにおいがする。
けれどそんなことに構っている暇がないくらい、私は焦っていた。
ゲームでは、命の危機が訪れて――ようやく結界が発動する。
(それじゃ、遅いわ!)
自分が死にたくない、苦しみたくないってことばかり考えていたけど、違う。
逃げ惑う生徒たちを目の端に捉えながら、肌が焼ける感覚に歯を食いしばった。
(みんな――みんな、無事でいて!!)
火の粉で制服が焦げる。
熱と恐怖で息がうまく吸えない。
助けを求める生徒たちの声が、耳の奥で反響する。
(お願い……動いて……! 光……!)
火竜が私に向かって、ゆっくりと顔を向けた。
赤い瞳が、まっすぐ私を射抜く。
(待って……! まだ……っ!)
――火竜が私に向かって炎を噴くべく息を吸い込むのが見えた。
咆哮と同時に、炎が襲いかかる。
熱が押し寄せ、肺が焼ける感覚。
……ああこれが、“瀕死”のきっかけ――
頭のどこかが冷静にそう告げた瞬間、世界がゆがんだ。
覚悟と同時に、「これで結界が張れるはず」という安堵が広がる。
その時。
「リリィ!!」
声が、轟音を裂いた。
黄金の髪をなびかせたローザ様が私の前に立ち、炎の奔流をその身で受け止める。
――あの魔力は、何?
火竜がこちらを見据え、咆哮した。
怒りというより、挑戦――その赤い眼光がそう告げている。
「どうしてまだここに……!! 無事ね!?」
振り向いたローザリア様が、チリチリに焦げた私を見て、ほんの少し苦しそうな顔をした。
――なんで、助けに来たのにそんな顔するの。
ふと見やれば、生徒たちはローザ様の作った防御壁に守られている。
結界ではなく、物理的な防御。
あの規模で展開できるなんて、信じられない。
(ううん、ローザ様ならあり得るわ)
でもわかる。あれは一時的だ。
直接の攻撃を受ければひとたまりもない。
そして火竜と対峙するローザ様も、さすがに押し返すので精一杯。
助けに来るはずのライナーは、まだ。
知っていた。彼が来るのは……私が、結界を張った後。
(やっぱり、私が結界を張るしかない。でも――)
焦れば焦るほど光が霧散していく。
(どうして……! やっぱり、死にかけなきゃダメなの!?
このままじゃ、みんな……!!)
「リリィ!!!」
轟音の中、炎を押し返しながらローザ様が叫ぶ。
「リリィ! 光を!! ここに!!!」
「ここって、どこ!?」
「――わたしの、手のひら!!!」
ほんの一瞬、振り返って伸ばされた片手に、考えるより先に、指先が触れていた。
その瞬間、胸の奥で何かがはじけた。
今までこぼれていた光が一本の流れとなって、ローザ様の防御壁へと注ぎ込まれる。
私の光は彼女の魔力に共鳴し、淡く輝きながら周囲を包み始めた。
「……面になってる……!」
「いいわ、そのまま広げて。私の魔力の壁を、少しずつ外側に押し広げるイメージよ」
ローザ様の声が落ち着いて聞こえる。
霧散しそうになる光を、ローザ様の魔力が抑える。
まるで器だ。
私はローザ様の器を光で満たして、更に押し開くように丁寧に注ぐ。
彼女の背中が、確かな盾のように揺るぎないのが心強い。
炎の轟きが遠のき、光の膜が世界を包んでいく。
「そう……! そうよ!
そのまま一人で保てる!?」
一人で?わからない……でも。
「大丈夫、やるわ!」
「任せたわよ!」
そう言ってローザ様は結界の内側から強力な水魔法を繰り出す。
炎とぶつかり合った瞬間、轟音が弾け――火竜の動きがほんの一瞬、止まった。
ローザ様はためらわず身を翻し、まだ炎の荒れ狂う結界の外へ飛び出していった。
炎の向こうで、彼女の魔法が水の鎖となって火竜の体を縛り上げる。
ようやく合流した騎士――
最強の騎士と名高い攻略対象の一人、ライナー・ヴァン・アルデンも鎮圧に加わるのを視界の端に捉えた。
私は必死に光の膜を維持する。
竜の炎が結界にぶつかるたび崩れかけそうになるけれど、そのたびにコツを掴み、結界は強固になっていく。
やがて、火竜が一声低く唸り、静かに地へと伏した。
炎が消え、焦げた風が吹き抜ける。
ローザが膝をつき、汗をぬぐう。
結界の内側は静まり返っていた。
私は震える手を見つめる。そこにはまだ、光の余韻が残っていた。
「……ローザ様、強すぎじゃありません?」
「ふふ、ありがとう。でも――多分、これ私のせいだし、責任は取らないと」
「あ、気づいてたんですね……」
「まぁ、不可抗力ね」
イタズラっぽく笑うローザリア様に、なんとも言えない苦笑を返して、静かに息をついた。
熱の残り香がまだ肌にまとわりつく。
その向こう――立ちこめた煙の中で、火竜がゆっくりと首をもたげる。
あのどう猛な瞳が、嘘のように穏やかだった。
ローザ様を見つめる赤い瞳が、まるで忠誠を誓う子犬のようで。
(あれ……? なにか、おかしいような……)
一瞬、胸の奥を違和感が掠めたけれど、それが何かを確かめる前に事後処理に駆り出される。
この時の違和感は、そのまますっかり頭から抜け落ちていた。
赤い瞳が消えたあと、私はようやく胸の奥の緊張をほどいた。
私よりも大量の魔力を消費したはずのローザ様が、肩を貸してくれる。
「リリイ、あなたって、すごいわ」
「ローザ様に言われるの、複雑です」
そんなことを話しながら、二人で医務室に向かう。
本来なら、なかったはずの光景。
肩に回した手を包むローザリア様の手のひらの温もりが、熱よりも強く感じられた。
お読みくださりありがとうございました!
次回は火竜の試練でやり残したこと。明日20時更新です。
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