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火竜の試練

(いや、まぁクラヴァール先輩の時も、ある意味原因はローザ様だったけどね!)


視線を感じたのか、ローザ様が振り返る。

「どうしたの、リリィ。朝から真剣ね?」

「ええ、今日は暑くなりそうだなと思って」

「えぇ?なぁに、それ?」


できる限りの対策はした。

熱による気絶を少しでも防ぐための護符。


聖女の力は危機的状況でこそ発揮される。

この“ぎりぎり”のバランスを保って、なるべく覚醒の確率を上げるのが今日の目標だ。


(絶対、死なない)


ノートの端に「午後=確定」と書き込み、線を引いた。

それでようやく、心の準備が整った。


午後、訓練場の門が開く。

空気が熱を帯び、焦げた匂いが漂ってくる。

封印の檻の向こうで、赤い鱗がわずかに光った。


これが――火竜。

封印されて動けないけれど、その内側で燃え続ける魔力炉のような存在だという。


(ローザ様の“圧”みたいなものね。

 抑えているのに、どうしても漏れ出してしまう感じ)


訓練場全体が張りつめていた。

中央の大きな封印陣の中で、火竜が鎖に繋がれたまま低く息を吐く。

そのたびに結界面が揺れ、空気がかすかに焦げる。


「封印下とはいえ、竜の魔力は圧倒的だ。

 呼吸ひとつで“圧”が変わる。

 その揺れの中で防御を維持できるか――

 それを確かめるのが本日の訓練だ」


講師の声が響き、生徒たちは順に前へ進んだ。


(……やっぱり……“火竜暴走イベント”だわ)


竜を抑えている魔法陣が崩れ、火竜が暴れだす――

“原因”はローザリア・フォン・クロイツ。


ゲームでは、”彼女が封印の魔法陣に細工をした”とイベントの後に明らかになる。

それは、彼女が断罪される際の罪の一つだ。


もちろん、現実の彼女がそんなことをするとは思っていない。

思ってはいないけれど――イベントは、起こる。

何かが起きるのなら、そばで確かめないと。


私は彼女の一歩うしろに立ち、慎重に呼吸を合わせた。



この訓練の理屈は単純だ。

火竜の“圧”に耐えられる者だけが、前へ進める。


私は薄く防御膜を張り、息を整えた。

前列の生徒たちは数歩進んだだけで膝をつき、次々と下がっていく。


(ここからが本番ね)


ローザ様が歩を進める。

波のように強まる圧に合わせて、膜の形をわずかに揺らして受け流すその動きは、まるで圧の向きが“見えている”かのように自然で、合理的だ。


ああ、天才ってこういう人のことを言うんだな、と改めて思う。


私は一歩遅れて追う。

ローザ様と違って、膜を保つだけで精いっぱい。

それでも脱落しないくらいには扱えるんだから――


……案外、悪くない。


『近くにあんなバケモンみたいなのがいたら――』

ライナーのセリフが脳裏をかすめる。


(私だって――

 ローザ様に “ついていってるだけ” じゃ、ないんだから!)


そうは思ったものの、踏み出すたびに、足裏は重くなっていく。

重力が、わずかに歪むような感覚。


(ローザ様は……)


いつの間にか、背中が遠い。

迫りくる圧に耐えながらなんとか視界に捉えると、

ローザ様が前へ進むたび、封印陣の光がかすかに明滅しているのが見えた。


(……ローザ様の魔力が、結界の魔法陣に干渉してる?)


頭の隅に、中庭で揺らめいた灯りがよぎる。

ちょうどその時、火竜の尾がわずかに動き、鎖が軋んだ。


「……この陣式、構成が古いわ。

 一部だけ新しく書き換えてあるけれど……

 相性が悪いわね」


どこにそんな余裕があるのが、ローザ様が小さく呟く。

魔法陣の光が一段と強く明滅する。

同時に火竜の圧が一気に強まって、思わず息を呑んだ。


ローザ様の周囲の空気がわずかに揺れる。

周囲の生徒たちも異常に気づいて息をひそめる。

竜のまぶたがわずかに動き、喉の奥で低い唸りが響いた。


(……まさか、今の揺れに反応して――?)


紅い瞳がギロリとローザ様を見据える。

その瞬間、場の空気が張りつめた。


竜の“威嚇”。

それでも、ローザ様は一歩も退かない。


「……挑発してくるのね」


ローザ様が一瞬、まぶたを閉じた。

火竜の威圧が、封印を通して空気を震わせる。

その揺れに、ローザ様の魔力が微かに応じたように見えた。


――瞬間、反射のように魔力が揺れた。


肌の内側まで光に叩かれるような感覚。

金の光がぱっと瞬き、熱をはらんだ風が弾ける。


まるでローザ様自身が光を放っているみたいだ。



……美しい、なんて。

そんなこと、思ってる場合じゃないのに。



押し寄せる見えない圧に、はっと我に返る。


「ローザ様……それ、覇気!! ダメ!!!!」


叫ぶより早く、封印円の外殻がきしみ、紅い亀裂が走った。

火竜の瞳が見開かれ、喉奥で炎が脈打つ。

光と熱の奔流が訓練場を駆け抜ける。


封印陣の光がぶわりと揺らぎ、

次の瞬間、魔法陣が悲鳴をあげるように弾け飛んだ。


「な……!魔法陣が……!!」

悲鳴と同時に、火竜が咆哮した。


衝撃が地面ごと跳ね上がり、訓練場の空気が一気に混乱に包まれる。


(結界がローザ様の魔力に干渉を受けていたから……

 竜の怒りに耐えられなかったんだわ)


炎の中から、竜が姿を現した。

赤い鱗がきらめき、瞳がローザ様を捉える。

怒りの咆哮が、訓練場を揺るがした。


(……やっぱり、来た……これが“火竜の試練”!)


私はぎゅっと震える拳を握りしめる。


(原因は確かにローザ様だったけど――細工なんてしてなかった!)


うるさい程昂る心臓の音の奥で、場違いな安堵がじわりと広がる。


ゲームの強制力を恐れるべきなのか、ローザ様の無実に喜ぶべきなのか。

――いや、今はそれどころじゃない。


さっきの一撃で、避難用の通路が崩れ落ちたのが目の端に映る。

護符の感触が、掌の汗でしっとりと湿っていた。



逃げ道は、もうない。

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