火竜イベント、確定
それから数日、私は時間を見つけては、光の結界を試すようになった。
朝の訓練棟の裏手は空気が澄んでいて好きだ。
まだ誰もいない時間。
今日も何とか感覚を掴もうと、一人練習にいそしんでいる。
……とはいっても、全く何の手がかりもないから、結局は防御膜の訓練になってしまっているけれど。
わかっている。
たぶん、イベント以外で結界を作れるようになることは、ない。
それでも、何かしていないと落ち着かないのだ。
せめて気持ちだけでも整えようと、静かな空間で魔力をゆっくり巡らせていた——
……はずだった。
「またここか」
背後から声がして、思わず肩が跳ねる。
振り返らなくても分かる。少しだけ高めの声。
「ライ……アルデン先輩」
「聖女殿は朝から防御訓練か」
「はい。……ちょっと感覚を確かめておきたくて」
「お前、もう十分すぎるほどだろ。何を目指してんだ」
以前よりずいぶん砕けた口調。
その飾り気のない問いに、一瞬、言葉が詰まった。
(な、何を目指してって…… 生存……?)
「……いえ、まだまだ改善の余地があると思っているだけです」
「真面目だな」
そう言いながら、ライナーは軽く笑う。
朝の光が差し込んで、赤銅色の髪がかすかに輝く。
「俺は、細かい調整はからっきしだ」
「え?」
「魔力も多くないし、緻密に制御できるほど賢くも器用でもないからな」
ぶっきらぼうだけど、どこか温かみのある声。
「それでも、防御膜の強さは騎士科で一番だって自信はあるし、魔法をうまく使う奴より強い自信もある」
「……」
知っている。思い上がりなんかじゃなく、これは事実だ。
ライナーは、魔力こそ多くはないけれど、それを効率よく肉体強化に使うのがうまいのだ。
そして、生まれながらの身体能力と、闘争心。
不意に視線が合う。
真っ直ぐで、熱を帯びた瞳。
「本来、光の魔力の得意分野は癒しだろう。
この間は厳しいことを言ったが……」
ああ、そういうことか。
苦手なことにコンプレックスを感じなくてもいいと、言ってくれているのか。
「……ありがとうございます」
思いのほか、素直にお礼の言葉が出てきた。
「まぁあれだな、近くにあんなバケモンみたいなのがいたら、目線は高くなるよな」
「え?」
「クロイツ令嬢。あいつ、魔力量、えげつないだろ。
抑えてるつもりかもしんねぇけど、いつも漏れ出してる。
ったく、高位貴族ってのは、ずりぃよなぁ」
言ってすぐ、ライナーはハッとしたように目を瞬かせた。
「おっと、悪いな。
この間も、悪かった。あれはただの嫉妬だ。
お前に指摘されて、気付いた」
「えっ、い、いえ、そんな――」
突然の謝罪にうろたえて、何も言えなくなる。
ライナーはほんのわずかに視線をそらし――ためらうように続けた。
「あの後反省して……
ほんとは、それを言いに来たんだよ」
一拍おいて、いつもの調子に戻る。
「じゃぁ、頑張れよ、聖女殿。
俺は火竜訓練の日は校外講習だから手伝いには入れねぇけどさ。
無理はすんな」
そう言って、くるりと背を向ける。
一瞬、朝日を浴びてきらりと光った琥珀色の瞳が、
まるで先輩の生命力そのものみたいに見えた。
(まぁ、そう言うことなら、仕方ないか、な)
従来素直な人なんだろう。
少しだけ、彼に対する印象が和らいだ気がした。
(それにしても)
私は変わらず全く成果のでない結界練習を続けながら考える。
(たぶん、私たちの”親密度”は上がってるわ。
昨日のセリフの件もだし、今日のあの口調。
条件が揃って来てる)
――校外学習。
その一言が、頭の隅に残った。
◇
火竜訓練、当日。
学園はいつもより静かで、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
――火属性の演習、午後から実施。
しかも講師は、急遽魔導院のベテランに変更になった。
(これ、ほぼ確定だわ)
午前の授業が終わる頃、廊下に貼り出された掲示板に足を止める。
赤い印のついた連絡事項が一枚。
【騎士科・校外講習班、帰還遅延】
(ああ、やっぱりーー)
講習が長引いた。それだけのこと。
でも、ゲームのライナーの登場があまりに遅かった理由になる。
(これで――完全に、フラグが揃っちゃった)
ため息をひとつ吐いて、窓の外に目を向けた。
雲の切れ間から差す光が、いつもより白く見える。
その眩しさが、何かの幕開けを告げているようで、
ほんの少しだけ、喉が渇いた。
机の引き出しから、小さな布包みを取り出す。
中には、クラヴァール先輩にお願いして作ってもらった薄い護符が三枚。
一枚は制服の袖の内側に。
もう一枚は靴の中敷きの下へ。
そして最後の一枚を、手のひらに乗せて息を吹きかけた。
「これで、まぁなんとか “コンティニュー”かしら」
乾いた冗談に、苦笑が漏れる。
“死んでゲームオーバー”なんて、現実じゃ洒落にならない。
ちらりとローザ様を見やった。
金糸のような髪が朝日にきらめいて、まぶしい。
その笑みは完璧で、いつも通り――まるで光そのもの。
(ローザ様……相変わらず覇気が強いわ)
彼女の周囲の空気は、いつもほんの少しだけ張りつめている。
ただそこに立っているだけで、空気が揺らぐのがわかる。
(でも、最近……前より“揺れ”が強くなってる気がする)
ライナーも言っていた。
本人に威圧のつもりなんてないのに、漏れ出してしまう魔力。
生まれながらにして、環境すら支配してしまうほどの、圧倒的な、存在。
そんな彼女を見ながら、一瞬だけ思ってしまう。
もしかしたら、今回もローザ様が――
……ううん、ダメダメ。
この間は運が良かっただけ。
たまたま強制力とローザ様の動きがかみ合ったから、イベントとして成立したに過ぎない。
それに――
ゲームでは、今回のイベントの原因は……
――ローザ様なのだ。
読んでくださってありがとうございます!
ドキドキの火竜イベント。
次回は一日お休みして、20日㈭20時更新。
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