攻略対象者2 ライナー・ヴァン・アルデンと、死なない準備
訓練後、選抜の発表があった。
もちろん、私は選ばれていた。ローザ様も一緒に。
(……まぁ、そうよね。嬉しいような、怖いような)
今回の訓練は、魔導理学科との合同演習。
いかなる外圧下でも防御膜を維持するための、実践的な応用訓練だ。
これが“あのイベント”につながるという確証はまだないけれど、
そのつもりで動かないと、命に関わる。
ゲームでは、火竜が暴走する中、私が必死に結界を張って耐えていると――
もう駄目だ、というそのときに、ライナーが現れて火竜を鎮圧するという流れだった。
彼はもしかしたら、演習の補助として駆り出されていたのかもしれない。
あるいは、騒ぎを聞きつけて駆けつけた、という展開も考えられる。
(……いずれにせよ、今回は私が“死なない”ように動かなくちゃ)
私は図書館にこもり、火竜に関する記録をあさり始めた。
(気性は荒く、怒りに任せて我を忘れ、主以外のすべてを焼き尽くす――
そんな恐ろしいもの、なんで授業に使うのよ)
(え、ちょっと待って。熱風だけで屍の山って……!?)
(自分より強いと認めた相手を“主”とする、か。
……ゲーム内で火竜を鎮めたライナーは、まさか火竜に“主”と認められた?)
(ともかく、問題は“気絶”よ。結界を張る前に意識を失ったら即アウト)
私は神殿で学んだ護符づくりの知識を応用して、熱を逃がす簡易護符を準備することにした。
──とはいえ、私ひとりの力ではどうにもならない部分もある。
そこは、専門家の手を借りることにした。
「もちろん、君のためなら何だってするさ」
クラヴァール先輩は、私の唐突な依頼にも微塵の迷いを見せず、魔力付与を引き受けてくれた。
「冷却魔法と闇魔法を組み合わせるのか。
面白いね。
うまく回る術式を考えるから、ちょっと待ってて。」
そう言って、私のつたない説明をすらすらと式に落とし込んでいく。
さすが、魔導理学科のエース。
「僕を頼ってくれて嬉しいよ。しかも……闇魔法で」
「だって、この学園で先輩の右に出る人なんて、いないですし」
「確かに、クロイツ令嬢はこういう細かい調整なんか必要ないだろうしね」
(良かった。クラヴァール先輩は、もうローザ様への劣等感を克服したみたい)
最後に、私の光の魔力も込める。
光には祝福や浄化の力がある。
ちょっとした回復もできるから、まぁ願掛け程度に、と。
「素晴らしいよ、リリエル。きっとこれが鍵になる」
クラヴァール先輩は、そう言って微笑んだ。
『僕の冷却魔法と大気中の水を集める闇魔法をうまく回せるように作ったけど、
あくまで補助的なものだよ』
そう言って出来上がった3枚の護符を渡してもらった帰り道。
訓練棟のそばを通りかかった私は、ふと思い立って防御膜を展開した。
『僕は闇での防御膜は作れない。
光と闇の扱いの難易度は同じくらいとされているんだよ。
君も、将来が楽しみだな』
色々と疑問に思っただろうに、そう言って励ましてくれたクラヴァ―ル先輩の声を思い出す。
……でも、だめ。これじゃあ。
結界は、こんな基礎とは難易度が違う。
結界を作るための補助的な護符も作れないか相談したけれど――
「光の護符」が他の属性の結界を補助はするけれど、
光の結界の補助は見当もつかないそうだ。
『光の広がる性質を使って他の属性で形を作るのが一般的なんだ。
光だけでどうやって“形”を作るのか、
それは光属性の人にしかわからない感覚だよ』
文献も漁ってみたけれど、私が参考にできるようなものはなかった。
でも、防御膜にヒントがあるはず。
試しに、防御膜を少し体から離してみる。
瞬間、光は霧散してしまった。
(ローザ様って、改めて、神業みたいなことやってたのよね)
「ずいぶん慎重だな、聖女殿」
背後から声がして振り返ると、ライナーが壁にもたれていた。
その目はいつも通りの無表情――でも、何かを探るような色が混じっている。
「……どういう意味でしょうか?」
「わざわざ図書館にこもって火竜の資料を漁ってたろ? それに……護符の匂いがする」
(そんなことまでわかるの?随分野性的ね)
「それが、何か」
思わずそう返した私に、彼は肩をすくめた。
「別に責めてるわけじゃない。けど、ただの演習に、どうしてそこまで警戒しているのか、気になる」
鋭い。ただの筋肉バカというわけではないようだ。
ゲームではとにかく肉体派で従順なイメージだったけど。
……正直、街でのローザ様への対応のこともあり、イメージが良くない。
「私は特待生なので。どんな状況でもベストを尽くすのは当然です」
「まぁ、それもそうか。
そういう謙虚な姿勢はクロイツ令嬢とは随分違うみたいだな。
ああいうお方は俺たちみたいな奴なんで眼中にないだろう。
お前も本当は馬鹿にされているんじゃな――—」
「ローザ様を悪く言うのはやめていただけますか」
聞くに堪えなくて、つい遮ってしまった。
ライナーは一瞬、目を瞬かせる。
「街でお会いした時も思いましたけど、アルデン先輩はローザ様になにか恨みでもおありなんですか」
「い、いや、そういうわけでは――」
「では、何ですか。殿下の騎士になろうとしているお方が、本人をよく知りもせずにそんな―――」
……あ、やばい、泣くかも。
声が震えそうになって、続く言葉を飲み込んだ。
分かってる。
ローザ様はそういう役割なんだ。
女子生徒みんなからの憧れを集めるのに、攻略対象者からは、嫌われ、断罪される。
それは、私のせいでもあるかもしれなくて―――
そこまで考えた時、溜まっていた涙が、不覚にも、一滴だけ、こぼれてしまった。
「お前ーーー」
ライナーが戸惑ったような表情をする。
(何よ。何でそんな顔するのよ)
胸の中で悪態をつくものの、次のセリフで一気に頭が冷えた。
「……悪かった。よく知りもしないで勝手なことを、言った」
(え……このセリフ……)
「火竜はなかなか迫力があるが――
恐れず実力を出し切れ」
「……ありがとう、ございます」
ライナーは気まずそうに告げた後、くるりと踵を返して、走って行ってしまった。
その背中を見届けながら、私はパニックになっていた。
(さっきのセリフ……あれ、ホントは昨日叱責された後、涙を流した私に言うやつ……!)
涙がイベントを進めるためのトリガーだったのか。
(……ってことは、あれ?
私、自分でフラグ踏みに行った……??)
よくわからないけれど、確実に火竜イベントに向かっている感じがする。
――それにしても、ライナー・ヴァン・アルデン。
ゲームでは、正義感にあふれた実直な人物だった。
自分が男爵家出身で苦労したからか、天才騎士とあがめられるようになっても身分で人を区別しない―――という、エピローグがあったはず。
さっきのも、身分が低いのにこんなところに来てしまった私のためを思って言ってくれたんだろう。
でも。
(なによ、思いっきり身分で区別してるじゃない!!身分が低い人にだけ優しいってこと?ばっかみたい)
……内心むしゃくしゃしながらも、私は一人、結界の練習を始めたのだった。
リリエルの負けん気の強さ、私好きなんですよね。
続きは明日21時半更新です。




