死亡フラグかもしれない
一瞬ですが日間ランキング90位に入れました。
応援ありがとうございます!
あのあと私たちは、露店を覗いて、クレープを半分こして、流行りのお菓子を買って……
ときおり、まるで本物の姉妹みたいに手をつないで歩いた。
それがなんだか嬉しくて、気付けばもう夕方。
まずい、寮の門限!と焦った私に、ローザ様はさらりと微笑んで言った。
「ふふ、今日は我が家に泊まるのよ。学園の寮には、もう連絡してあるわ」
そうして、両手いっぱいの戦利品を抱えて公爵家に戻ったのだった。
「そういえば、ローザ様とジュリアン殿下って、幼馴染なんですよね」
ふわふわのネグリジェに身を包み、ローザ様の広いベッドに横になりながら、ふと思いついて尋ねてみる。
「あら、殿下から聞いたの?」
「はい。以前、ローザ様が呼びに来てくださったときに」
「ふふ、そうね。年も近いし、“ご学友”ってところかしら。
気づいたときには、よく王城で一緒に遊んでいたわ。
……まぁ、婚約者候補の素行を見極める狙いもあったんでしょうけど」
「婚約者候補……」
その言葉に、私はどきりとした。
「その……ローザ様は、王太子妃になりたいと、思っていらっしゃるんですか?」
我ながらおかしな質問だった。けれどローザ様は、長いまつげをゆっくり瞬かせて、小さく首を傾げる。
「そうねぇ……そこに私と殿下の意志が関係あるのかどうかを考えたことはあるけれど……実際にどうしたいのかは、あまり考えてこなかったわね」
「ローザ様……」
「ふふ、あなたも同じでしょ、聖女様?」
「いえ。私は神殿のイベントも、学園行きも、できる限りのことをして拒みましたよ。無駄でしたけど」
「ええ!? 本当に? やだ、リリィってば、真面目かと思ったら、意外とじゃじゃ馬だったのね」
「……その言い方。ローザ様も、意外と破天荒ですよね」
「うふふっ。そう言ってもらえて嬉しいわ」
「嬉しいんですか?」
「ええ。両親以外に、初めて言われたもの」
「……殿下には言われたこと、ないんですか?」
「あ、あったかもしれないわね。小さい頃は、今より自由に接していたし」
「……殿下の片思い、か……」
「ん? どうしたの、リリィ?」
(……殿下は、私になんて見向きもしなかった。
ここからどうしたら、私とローザ様が“恋のライバル”になるっていうのよ?)
ゲームでは、まずすべての攻略対象との個別イベントをこなしたあと、全員が私に好意を抱いた状態で“全員合同イベント”が発生する。
(……この間の“下位互換イベント”を考えるに、たぶんそこは避けて通れない)
まぁ、クラヴァール先輩の好意は「恋」じゃない気もするから、もしかすると抜け道があるのかもしれないけれど――
「リリィ? もう眠い?」
考え込んでいたら、ローザ様が心配そうにのぞき込んでいた。
「い、いえっ! そういえば……」
私はあわてて話題を逸らす。
星の話、学園の噂、好きなお菓子の話――
気づけば私は、夢の中にいた。
――白いドレスに身を包んだ私は、王太子となったジュリアン殿下の隣で、微笑んでいる。
絢爛な王宮のバルコニーから、民に向かって手を振る。
世界は穏やかで、私は幸福の中にいた。
いつもの夢。
夢の中の私は、ローザ様がいないことに気づかない。
そんなの、おかしいのに。
それが“当たり前の幸福”として、何の違和感もなく受け入れられていたことに――
目覚め際の私は、毎回ひどく、ぞっとするのだ。
「――リリィ、起きて?」
誰かの呼ぶ声がして、私は夢の世界から引き戻された。
ぼんやりと瞬きをして、見慣れない天井を見上げる。
そうだ。今は、公爵家に泊まっているんだった。
まだ少し夢の余韻を引きずったまま、私はのろのろと身を起こした。
******
乾いた風が吹き抜ける訓練場に、炎の残滓が漂っていた。
魔導障壁の薄膜が陽光を弾き、淡く虹色の光が走る。
「では次、三人一組での〈防御膜展開〉。条件は先ほどと同じく、中級魔術師相当の火属性攻撃を模した想定です」
教師の号令に、生徒たちが動き始める。
――これは、防御訓練。
私たち一般過程の生徒は、貴族としてのマナーや学業だけでなく、魔法の基礎も一通り学ぶ。
その後、各自の適性や進路に応じて、専門課程へと進むのだ。
クラヴァール先輩は魔導理学科を履修した後、そのまま研究課程へ。
ジュリアン殿下は、特別課程という名の、他課程と兼修可能なエリート枠に所属している。
おそらくローザ様も、そこに進むだろう。
私はというと、神聖課程に進むことがほぼ既定路線となっている。
優秀な成績を収めれば、特別課程を経由して神聖課程の科目を取るという道もあるけれど。
光の制御がなかなかうまくいかない間はそのルートはないかと思っていたけれど、実は私は最近少し自信をつけてきている。
クラヴァ―ル先輩の魔力暴走イベントの後、私は他の属性の生徒と比べても、かなり魔力の扱いがうまくなったのだ。
座学は得意だから(前世の知識が生きてるのよ)、魔力の扱いさえ突破できれば、王家の支援もあるし、推薦も通りやすいだろう。
神聖学科は正直、聖女には必要のない聖具の取り扱いや、宗教関連の授業が非常に多い。
出来れば行きたくないというのが本音だ。
(女性も少ないしね。あとは、ローザ様と離れるのも寂しいし)
そして今日も、私の防御魔法は、驚くほど安定していた。
たぶん、神殿での護符づくりが効いている。
あれで、繊細な魔力制御がかなり鍛えられたんだ。
私は、少しだけ誇らしい気持ちで、次の演習に備えた。
──そのときだった。
「来週、魔導理学科との合同で火竜を用いた防御訓練を実施する。
一般課程からも、数名を選抜する予定だ。
選抜メンバーは成績に反映される。
特待生や、魔導理学科への進学希望者は頑張れよ」
げっ……私、特待生扱いなんだっけ……?
いや、それよりも。
(これって、火竜イベント……!?)
いや、でも、“魔導理学科との合同訓練”って言ってた。
火竜イベントで登場する攻略対象は――
そのとき、思考に気を取られた一瞬。
魔力の集中がふっと緩んだ。
「──っ!」
爆ぜるような衝撃が走る。
私は演習の余波に弾かれ、数歩、後ろへと吹き飛ばされた。
「……おい、訓練中に気を緩めるな」
厳しい声に顔を上げると、そこにいたのは――
ライナー・ヴァン・アルデン。
街でジュリアン殿下の護衛を務めていた、騎士学科の二年生。
火竜イベントで、暴走する火竜を単独で制圧する、武術の天才。
そして――
攻略対象の、一人。
複雑な魔術は使わないが、圧倒的な身体能力と、
魔力を効率よく肉体強化に使うのが得意なことから、
2年生にして騎士科のエースだ。
確かに、見本として見せられた彼の防御膜は、とても見事だった。
彼の眉が、ぴくりと動く。
「一瞬の緩みが命取りだぞ。
まったく、特待生だか聖女だか知らないが」
(このセリフ……知ってる。私が涙を溜めて謝る場面だ。
涙を溜めながら必死に訓練する姿を見て好感度が上がるのよね。でも)
「失礼いたしました。集中します」
私はそう言って、もう一度、防御膜を生成する。
(これくらいで泣くとか、ちょっと意味が分からないもの)
……そうして私はふと気づいた。
もしこれが“火竜ルート”なら、私は選抜に選ばれないほうがいいはずだ。
いや、でも……選ばれなかったら、形を変えて同じようなイベントが起こるのかもしれない。
分かっているイベントが起こるのと、予期せぬイベントが起こるのは、どちらがマシなのか。
それに、この火竜ルートは――
個別イベントで唯一、“失敗したら死” なのだ。
(私が防御結界を張れずに気絶すると、ゲームオーバー。
張ったあとに気絶すれば、イベントクリア)
なんにしろ、気絶するのは“お約束”だけどね。
魔導学科との演習に、騎士科のライナー。
正直、これがイベントなのかもまだわからない。
……結局、私は流れに身を任せることにした。
また新たな嵐の予感。
明日21時半更新です。
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