本当の終幕(下位互換イベント発生しました)
それから数日。
研究棟の修復は続いていたけれど、クラヴァール先輩の魔力はすっかり回復したらしい。
「停学処分を申し出た」って噂も聞いたけど、
公爵家が修復費を全部出すことになって――結果的に“お咎めなし”。
むしろ学園側の監督不行き届きではないか、という話まで出て、研究学生の扱いがこの機に見直されるらしい。
クラヴァール先輩は、お咎めどころか、今までの功績を改めて王家から表彰された。
表彰式での先輩は、まだケガも治っていない様子で恐縮しきりだったけれど――
どこか誇らしげにも見えた。
(これで正しく自信を取り戻してくれるといいけど)
そんな私はというと、本来なら起こるはずだった魔力枯渇もなく、絶好調で毎日を過ごしている。
変わったことといえば――
「リリィ、おはよう」
「ローザ様、おはようございます」
そう。
なんと、ローザリア様……もとい、ローザ様を愛称でお呼びすることになったのだ!!
あの日――クラヴァール先輩が私を「リリエル」と呼んだ日。
リリィ呼びを宣言したローザ様に、
「私だけ愛称で呼ぶのってなんだかおかしくない?」
と言われて、押し切られた。
ローザ様の印象が、どんどん変わっていく。
だって――ちょっと、ツンデレ風味で可愛かったんだもの。
そしてそれは、またもや噂になっていて――
「ねぇ、聞いた!? 本当に、愛称で呼び合っていらっしゃるわ!」
「まぁうらやましい! 私も、ローザ様とお呼びしたいのに……!」
まったく、どこでどう聞かれているのやら、今日も私たちは注目を集めている。
けれど、それだけ平和ってことなのかもしれない。
パンの香りが漂う穏やかな昼。
あの騒ぎ以来、学園はすっかり落ち着いていた。
もう事件も強制力も、しばらくお休み――そう思っていた、その時だった。
「危ない!」
誰かの声。
次の瞬間、頭上から紙束が降ってきた。
(まって、そんなシチュエーションありうる!?)
反射的に避けたつもりが、紙で滑って尻もちをつく。
ついでに指先もちょこっと切ったようだ。
「リリエル!」
クラヴァール先輩の声が響いた。
え、待って、近い。ていうか速い!?
気づけば、私の肩を支えて抱き起こすような体勢になっていた。
(いやいやいや! 倒れてないし!? 座ってたし!?)
見上げると、目に涙をためて、何かをこらえている様子の先輩。
何故かまだ風に舞っている書類たちが先輩の顔をかすめて――
……そのまま、くしゃんとくしゃみをして、溜まっていた涙が頬を伝った。
「…すまない、耐えきれなかった」
先輩は涙をぬぐうことなく、私の手をとり、回復魔法をかける。
なんだかカオスな展開だけど、私は突っ込むどころじゃなかった。
(これ……見たことある……)
──ゲームのスチル。
倒れた聖女を、涙ながらに抱きしめて回復する、
クラヴァールルート屈指の名シーン。
(え、まって!? これ、再現されてない!?
いや違う! 状況おかしいでしょ!
……じゃなくて、私目とか潰っといたほうがいいの!?)
「……本当に、申し訳なかった」
「お、大げさですよ、先輩……!」
どうやら、くしゃみを謝っているらしい。
このセリフ、本来はようやく回復した私に言うセリフなんですよ…!
重みが……重みが、違いすぎる……!!!
その後ろで、ローザ様が腕を組んで見ている。
「リリィ、怪我したの?……指先?……ぷふっ」
笑わないで。恥ずかしいから。
……そして、悟った。
魔力暴走イベントは、重要な点が二つあった。
一つは、私の光の能力の覚醒。
そして一つは――恋愛イベント。
私が気絶しなかったから、もちろん治癒魔法をかけてもらうこともなかったわけで。
つまり――
(下位互換イベントが発生したってこと……!)
なんとしても、世界は帳尻を合わせたいらしい。
けれど同時に、私は気づいた。
たとえ“強制力”が働いても――
その「かたち」までは、完全に固定されてはいない。
本来なら、あの暴走のあと、というか全てのイベントにおいて、私は気絶して運ばれるはずだった。
でも、中庭に続いて今回も気を失わずに済んだ。
中庭事件の時に感じた期待が、また少し、膨らむ。
(たぶん、イベントごとにクリアすべきポイントがあるのよ)
この“誤差”を、うまく使えば……イベントそのものを、回避できるかもしれない。
そんな淡い希望が胸の奥でふくらんで――
あっさり、裏切られた。
神殿からの、要請によって。
週末、光の受け渡しができるようになった私は、神殿に駆り出されていた。
目的は、結界用の光の護符作り。
この世界では、結界は光の魔力がないと、作れない。
そのため、光の力を込めた魔道具や護符を使って結界を作るのだ。
術師は、それに自分の魔力を付加して、結界を作る。
そのあたりのやり方は、一応、応用魔術の時間でも取り扱うらしいけれど、最終的にはどうやらセンスなので、万人が使える方法はない、らしい。
稀に光をちょっと持っていて、護符無しで結界を張れる人もいるけれど、そういう人は結界師としてかなり重宝される。
(私自身はまだ結界を張れないのが悲しいところ……光100%は難しいのよ)
今までも、私が触れたものには清めの魔力が宿るため、簡単な護符作りの協力は、していた。
でも結界用の護符は、もっと多くの魔力を注ぎ込まなければならない。
クラヴァ―ル先輩のイベントによって「光の受渡し」ができるようになることが、このイベント発生の条件なのよね。
ちなみにこの「結界用護符づくり」は、特に能力覚醒も恋愛も絡まない、ちょっとしたお遊びイベントだ。
でも、沢山の護符が作れると、その分「聖女ポイント」と言う名の名誉が上がる。
そして……
ミニゲームに失敗した時点で、気絶して、このゲームはおしまい。
そう、私は儚い聖女なので、やっぱり最後は気絶するのだ。
(でも……今回は、私がすべての護符を作り切ればいいだけよ)
神殿の祭壇には、白布の護符袋がずらりと並んでいた。
ひとつひとつに、透明な水晶珠。全部で二十。
「この珠に順に光を込めてください。
一定の密度を保てば、封印が完了します」
(一定の密度、って簡単に言うけど……)
私は一つ目の珠を両手に包む。
神経を集中して光を落とすように注ぎ込み、安定した輝きを確認。
(あれ?意外と、出来ちゃう?)
二つ目、三つ目――。
最初は調子が良かった。
けれど十個を過ぎたあたりで、呼吸が浅くなる。
指先の感覚が鈍い。
光の流れが少しでも途切れると、珠の中が濁る。
(これ、実は結構なトレーニングなんじゃない?)
ゲームではただのミニゲーム扱いなのに、現実の作業はかなりハードだ。
神官が控えめに声をかける。
「無理はなさらずとも、次に回して――」
「いえ、大丈夫です」
若干食い気味に返事をする。
――ゲームだって、諦めるなんて選択肢はなかったわよ!
十一、十二、十三個目。
流れを均一に保つことだけに集中する。
世界が狭まっていく。
声も音も、遠い。
でも、掴めてきた。
十五個目を終えた時には、頭の奥で何かが脈打っていた。
あと五つ。
あと少し。
十六個目の珠に光を注いだ瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
光が、意志を持ったように暴れだす。
(……っ、やば……)
止めようとしたが、自分でコントロールできない。
視界が白く弾け、膝が崩れた。
司祭の声が遠くで響く。
「聖女様が――!」
光が、ゆっくりと世界を塗り潰していく。
(あ……結局また、ゲーム通り……)
今回は自業自得な気もするけれど、これもまた、強制力なのかしら。
――おめでとうございます、結界用護符、15個成功しました――
頭の中で、機械音が響いた気がした。
ローザ様との仲が着実に深まってきています。
そして、ゲームの強制力についても。
明日から新章に突入します!21時半更新。
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